バドラル調査兵

 顔を袖でぬぐったソルマに呼びかけたのは、シエラではなかった。くぐもった低い声が玄関の奥から響いた。

 

『我らはバドラル調査兵である! 今すぐこの扉を開けられよ!』

 二人は息を呑んだ。瞬時に二、三度気温が下がったかと思うような張り詰めた緊張感が室内を覆った。シエラは、大きく深呼吸をして、玄関に歩み寄った。

 

『我らはバドラル調査兵である! 今すぐこの扉を開けられよ!』

 二度目の怒鳴り声の間に重々しい扉の施錠が解かれる。ギ、と扉を僅かに開けたところで、彼女の意としない別の力が思いきり扉を開かせた。体全体で押さなくては女性の力ではなかなか開けられない扉。体の重心をそこに預けていたシエラは、前につんのめって倒れた。

 大きな曲刀シミターを腰に携えた軽装の兵が三人。真中の兵だけが胸に小さな勲章をつけていた。倒れて蹲ったシエラを、虫を見るような蔑んだ視線で一目し、手を貸す事も無く室内に入っていった。

 

『ゼロ・レイスの反応がこの辺りからするとの調査命令を受け、伺った』

 伺った、にしては少々乱暴ではないか。そう言いたくなるのを喉元で必死にこらえたソルマは、倒れた彼女の元へ掛け寄った。

 

『大丈夫か、シエラ』

『えぇ、少し驚いただけよ……』

 彼女の体を支えるようにして身を起こした。くい、と下あごを動かした真中の兵を見て、残りの二人が室内に散っていった。

 

『少々調べさせてもらっても、良いな』

 否定など受け付けない。そんな続き文句が言わずとも付いて来るような口調でそう言った。歯向かえばただでは済まないだろう。ソルマは必死で歯軋りの音を隠した。ガシャン、ガチャン! と戸棚が動かされ、中の食器が割れる音がキッチンから響いた。シエラは、ただやめて、やめて、と震える声で祈るだけだった。

 

『こっちは何だ。答えろ、男』

 一般家庭には不相応な玄関ににた扉を指差して兵は言った。

 

『私の仕事場、製鉄場に続く扉だ』

 そんな話を聞いていたのかいないのか、小さな勲章を揺らしながら、その兵は話の途中でその重たい扉を蹴飛ばした。ぐおん、と勢い良く扉が開き、閉まるまでの間に奥を見て確認をしているようだった。奥で捜索をしていた兵はキッチンを破壊し終え、今度はトイレと両親の寝室へ散っていった。残った兵は今度は手でゆっくりと扉を押し、製鉄場へと入っていった。

 

『待て! そこは荒らさないでくれ。明日からの仕事に支障をきたす』

 ソルマは製鉄場に入った兵の前に立ちはだかった。背にしたのは廃物置き場では無く製鉄機械の炉の方だった。一番守り通さねばならない方へ視線も向ける事すら出来ない悔しさが、緊張となり、汗となって滴り落ちた。

 

『熱心だな。それとも、我が子を守りたくて必死か?』

 ククク、と薄ら笑いを浮かべる兵。気がつくと残りの兵も製鉄場に来てダストシュート……と言っても地面を深く掘り下げた大きな穴…のフタを開けて中を覗きこんでいた。広い製鉄場をゆっくりと見渡し、仕方ないな、というポーズをしてみせる。

 

『私達の子は、経済的な理由から養子に出したと、過去に来た調査兵に何度も言ったはずだが』

『私は初めて聞いたぞ? 男』

 一々返す言葉が憎たらしく、ソルマは徐々に頭に血が上ってくるのを感じた。後ろからキュッ、と服の裾を捕まれて振り返ると、青白い顔をしたシエラがそこにいた。ソルマはぐっ、とその手を握ると、ゆっくりとした口調で話し始めた。

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