(14) 真実を
水鶏に連れて来られたところは、先程まで唄たちがいた部屋とは、真反対にある部屋だった。家具が机しかない殺風景だったさっきのところとは違い、室内の三分の一ほどが御簾で仕切られている。まるで昔話や、歴史もののドラマなどでみられる広間のようだ。
室内には、すでに先着がいた。
風羽と、陽性に琥珀、それから大きな灰色狼がすでに座っている。シルフとサラマンダーの姿が見えないということは、彼らはもとの世界に戻ったのだろう。
風羽と目が合った。ヒカリと一緒に近づいて行く。
「君たちもきたんだね」
「どうやら穏便に話せそうで、安心したわ」
「俺はいつ戦闘が始まるかって、気が気じゃなかったぜ」
両肩を抱き、ヒカリがぶるっと震える。
『うーん。これってボク必要なのかなぁ? ヒカリ、戻っていい?』
「え、あ、うん。いいぞ」
『じゃあね、ヒカリ』
光の精霊ルナは、右手をひらひらさせると、一瞬で姿を消した。
風羽が座布団を進めてきたので、唄たちは腰を降ろす。
御簾より少し離れた前に、唄たちは座っている。唄から見て右側のほうに琥珀と水鶏が座っていた。〝八又〟とノームは顕現したままだ。
陽性は御簾の一番近くに座っている。
「――さて」
陽性の合図に、全員の視線が彼に集まる。
赤い瞳で部屋の中を見渡した陽性が、静かに、重い口を開いた。
「何から話せばいいのでしょうか」
「……そんなの、礼亜さんがああなった原因の話からでいいんじゃない」
「そうですね。それでは――」
水鶏の声を受け、滔々と、陽性は語り出した。
「今からすべてのことを話します。どうして、ワタシたちが『虹色のダイヤモンド』を盗むのを阻止したの。白亜様のこと、礼亜のこと。それから、野崎唄さん。アナタの両親が、どうして怪盗をやめたのかも――すべては、二年と八カ月前――、ワタシと礼亜の成人式が行われた次の日のことです」
◇◆◇
あれは、二年と八カ月前のことである。
成人式の次の日、待ち合わせしていいた公園に、とうとう彼女は現れることなく、代わりに、一人の男性が彼を訪ねてきた。
男性は野崎ユウシと名乗った。
男性に連れられるがまま、陽性はとある尊厳なる屋敷で、礼亜と一晩ぶりに対面することになる。
和室に敷かれた布団の上で、仰向けに眠っている礼亜は、あまりにも無機質に見えた。近寄ると、おそるおそる頬を触る。
冷たかった。生きている人間とは思えないほど、冷たくなっていた。
陽性は現実が受け入れられず、暫し呆然とした。
そんな彼に、礼亜がどうしてこうなってしまったのかを、ユウシが躊躇いながらも静かに語り出した。
野崎ユウシは、妻のカルと、親友の娘の中澤ヒナ、それから白銀礼亜とともに『怪盗メロディー』として活動をしていた。ヒナとは同級生で、陽性も面識がある。学園時代に「怪盗をやっている」と礼亜から打ち明けられたとき、ヒナから誘われたということも聞いていた。
怪盗メロディーは、佐久間美鈴の所有する『虹色のダイヤモンド』を盗むと、予告状通りに――昨夜、決行した。
それが間違いだったのだと、ユウシは言った。
『虹色のダイヤモンド』には二つ名があるというのは、乙木野町ではちょっとした有名な話だ。
曰く――『人食いのダイヤモンド』と。
ユウシが言うには、『虹色のダイヤモンド』はその二つ名の通り、人を食べるのだという。
『虹色のダイヤモンド』は意思のある宝石だ。人に未知なる、異能と呼ばれる能力が宿ったとの同じく、宝石にも異能に似た意思が宿ることがあるそうだ。
『虹色のダイヤモンド』は、主に異能力を持たない人間を食べてしまう。吸い込んで、自らの糧とするらしい。その上、異能力を持つ人間でも、一定値に満たない能力を持つ能力者も、容易く食べてしまうという代物だった。
『虹色のダイヤモンド』を所有している、佐久間美鈴という女性は、強力な能力者だと語られている。どれほどの能力を備えているのかは、陽性も、ユウシたちも知らない。『虹色のダイヤモンド』よりは強い能力を持っているという推論が正しいだろう。
ユウシとカルは、ギリギリ『虹色のダイヤモンド』の意思を超えることができた。
だけど、礼亜の能力は、宝石の意識には敵わなかった。
白銀礼亜は、その日、『虹色のダイヤモンド』に魂をほとんど食べられてしまい、もぬけの殻の肉体になり果ててしまった。
もし、カルの腕が間に合わなかったら、魂だけではなく肉体も宝石に食べられてしまっただろうと、ユウシは悔しそうに話してくれた。
陽性は言葉が出なかった。
どうして、どうして礼亜が、犠牲にならねばならなかったのだろうか。
怪盗なんて犯罪を犯してまで、彼女は死なねばならなかったのだろうか。
昨夜、自分が彼女を止めていれば……いや、もっと前、「怪盗をやっているんだ」と打ち明けてくれた時に、礼亜を止めていれば……何かが変わっていたのだろうか。
現実を受け止めることができずに、逃避するかのように戻ってこない望みに縋りつきたくなった。
「だけどね、陽性くん」
決して大きくはないが、張りがありどこか決意に似た響きのあるユウシの声に、陽性は我に返った。
虚ろな目で、横たわっている礼亜を眺めながら、その声をどこか遠くで聞く。
「彼女の力があれば、礼亜くんは蘇るかもしれないんだ」
なんだ、それは。と陽性は鼻白んだ。
魂がなくなり肉体となり果てた人間が蘇るなど、いくら人知を超えた能力を持った異能力者でも、不可能だということぐらい、陽性は知っている。自分よりも長生きしているユウシが、それを知らないはずがない。
礼亜の死体を弄ぶつもりか?
そうふつふつと怒りが沸いたとき、部屋の扉が音をたてて開いた。
陽性は思わず顔を向ける。
「……あれ」
どこかで見たことがある顔だった。名前は思い出せない。
「お久しぶりです、瓦解陽性さん。幻想学園を卒業して以来だから、実に二年ぶりとなりますね。覚えておいでですか? 私は、山原白亜と申します」
彼女は近づいてくると、そっと陽性の隣に座り、礼亜の顔を覗き見る。
「まだ、間に合いそうですね」
「あ、同級生の」
横顔を見て、陽性はやっと彼女のことを思い出した。
幻想学園時代の同級生に、ひときわ異彩を放っている女子生徒がいた。
どこかの神の生まれ変わりだとか、ひそかに噂されていた女子生徒だ。直接的な繋がりがなく、会話をしたこともなかったが、遠目に一度だけ顔を拝んだことがあった。
色素の薄いグレーのような瞳を褒めると、白亜は礼亜の額に手を当てながら、陽性に問いかけた。
「彼女の魂を連れ戻すのには、あなたのお力が必要になります。――力を、お貸しいただけませんか?」
そして唐突に、白亜は、自分の能力について語り出す。
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