(4) 問いかけ

「はいはい、どちらさまー」


 チャイムが鳴り響いたあと、パタパタと慌ただしい足音がやってきて、玄関の扉が内側から開いた。


 一人の女性が姿を見せる。肩ほどまで伸びた茶髪に、黒のタンクトップと短パンといった身なりの女性は、風羽の顔を見ると、待っていましたとばかりに快活な声を上げた。


「久しぶりだねぇ、風羽君。元気にしてたか?」

「お久しぶりです、ヒナさん。僕はいつも元気ですよ」

「あははははっ。若者がそう簡単に風邪を引くわけねぇよなぁ。ウチのバカな弟みたいに、嘘じゃねぇ限りなぁ」


 快活に笑う女性はヒカリの姉の、中澤ヒナだ。彼女たちの両親は、「遊びと仕事両立の旅」という名目で海外を飛び回っているらしく、日本にはほとんど帰ってこない。そのため、ヒナがヒカリの面倒を見ながら、家事にアルバイトに大忙しだとか。


 ばんばん背中を叩かれながらも、表情を変えることなく、風羽はヒナに聞く。


「ところで、ヒカリは……」

「ああ、んなこったろうと思ったぜ。何してんだろうな、アイツも。朝から部屋にこもって出てきやしない。飯も食べて無いんだぜ。いつも食い意地張ってるくせに」


 はあ、とため息を吐き、快活な笑みを消したヒナが玄関の外から二階の窓を仰ぎ見る。


「だが、風邪じゃねぇな。あたしにゃわかるんだ。アイツは、きっと何かに悩んでいる。それも、あたしが介入でいないようなことになぁ……。ま、若者の悩みは若者が解決するって相場は決まってるだろ? だからきっと風羽君あたりが来るかと思ってたら、大正解! てね」


 ピースサインしながらウィンクをするヒナを見返すと、風羽は頷いた。


「僕に任せてください」

「もちろんさ。じゃあ、そうと決まれば、さっさとアイツのところに行きな。……明日は大事な日だろ」



 そして風羽は、ヒカリの部屋の前に立っていた。

 ヒナは一階で夕飯の準備をしているため、二階にいるのは風羽とヒカリだけになる。


 二回目となるノックをするが、中からなにも反応がない。扉越しでは息づかいも聞こえず、物音もしないのでヒカリがいるか怪しいところだ。でも、いる。


 耳を澄ますのをやめて、コホンと咳をしてから風羽は扉越しに声をかけた。


「ヒカリ、いるんだろ」


 何も聞こえてこない。それでも続ける。


「君は、どうして今日学校を休んだんだい?」


 返答なし。


「もしかして、風林火山連中と戦闘でもしたかい? それで負傷しているのなら、早く病院に行った方がいい。いや、それなら野生の勘の働くヒナさんが真っ先に気づいているか。だとすると違うんだろうね」


 ちょっと意地悪な口調で刺激をしてみるが、それでもヒカリは何の反応を示さなかった。


「風林火山と何かあったのなら、僕に話してほしい。僕が無理なら水練でもいい。それこそ、君が一番心配をかけている唄に相談した方が早いかもしれない」


 呼吸を落ち着けて、もう一度言う。


「僕たちは仲間だ。何かあったのなら、話すべきだ。仲間というのは、そういうものじゃないのかい?」

「……」


 足音が聞こえた。扉の付近に人の気配を感じる。


「お前は……」


 だけど扉は開くことなく、中からヒカリの声だけが聞こえてくる。


「いや、何でもねーよ。お前に話すことなんて何もない」


 いつも元気で明るいヒカリにしては、珍しいことに、低い声音だった。

 風羽は眉を潜める。


「そう。君は、あとからしゃしゃり出てきた僕のことを、やっぱり仲間だって認めてくれてないんだね」

「ち、違うっ。それは、違う。お前のことは、仲間だと思っている。けど、お前の言っていると俺の言っているとじゃ、なんか違うんだよ。ニュアンスというか、微妙に……お前が皮肉屋だからかもしれないけど、お前の場合のって、仕事の都合上だけだというか……」

「……」


 思わず目を見開いた。

 ヒカリにそう思われていたなんて、さすがに考えていなかったのもあるが、理由は別にある。


 風羽はため息をつくことにより心臓を落ち着けると、何食わぬ顔で扉越しにヒカリに向かって、


「わかったよ。君がそう思うのなら、そうなのだろう。僕は否定しない。僕らに話せないことがあるなら言わなくていい。明日のためにこれからの予定を伝えに来たのが本題だったのだけれど、それももういいよね。君はまず、僕の気持ちよりも、唄の気持ちを考えた方がいいよ」


 そう言い捨てると、風羽は帰るために階段に向かった。

 ヒカリの部屋の中からは、何も音がしなかった。



 玄関を出る際、風羽はふと思いついて振り返ると、ヒナの目を見据えた。


「ヒナさん、質問いいですか?」

「何だい? あたしに答えられるものなら、何でも聞いてくれ」

「それなら遠慮なく言わせていただきます」


 一息つき、風羽は尋ねた。


「ヒナさんは二年前に、どうして怪盗メロディーが解散したのか、その詳細を知っていますか?」


 快活だったヒナの目が見開かれ、どこか遠くを見るような切なげな眼差しになる。


「ああ、そうか。もうそろそろ、話さにゃいけねぇよなぁ……」


 ははっと、覇気のない笑いを上げると、ヒナは風羽の目を見返した。


「あたしに話せることはそこまで多くはない。なぜかつーと、あたしはを盗むとき、一緒に行けなかったからだ。置いてかれたっつーのが正しいかもな」


 両肩を抱くようにヒナが手を組む。


「でも、これだけは言えるね。あの宝石は……『虹色のダイヤモンド』には手を出さない方がいい。自分の身が大切ならなおさらな」



    ◇◆◇



「水練。風羽から聞いたのだけど『風林火山』の居場所――アジトっていた方がいいかしら。わかったのよね。教えてもらえるかしら」

「ええよ」


 そう言いながら水練から渡されたのは、一代のスマホだった。


「それ、暗証番号とか設定してないから、適当につかってええよ。といっても、機械に疎い唄のために、画面開いたらすぐ地図が表示されるように設定しといたけど。まあ、あとで返してくれればいいから」

「わざわざありがとう」


 馴れない動作でスマホを操作すると、画面に地図が表示されていた。


「思ったよりも近いのね」

「そうや。山原水鶏の実家は町の外にあるけどなぁ。山原家の使われていない別荘みたいな家屋が、乙木野町の中にあったらしいねー。いま住んどるということは、屋敷の中は掃除されていて綺麗だと思うけど」


 ああ、でも、と水連が続ける。


「けっこう古い屋敷だから警備装置の類いはほとんどないやろうね。ただ」

「琥珀が結界を使えるみたいだから、侵入するのに用心を越したことはないわね」

「そうや。さすがメロディーやね。感心、感心」

「ありがとう」


 意地の悪い言葉に当り障りない言葉で返しながら、唄は思考を巡らせる。


 相手は、琥珀と水鶏と陽性の三人に、あと少なくとも一人――保健室で、琥珀が呟いた「白亜」という人物がいるだろう。


 対するこちらも、人数だけでいうと四人いるものの、引きこもりの水練が現場についてくることはないから司令等の役割しかできないのと、唄の能力は戦闘に不向きのため、実質こちらにいるのは二人になる。だが、今日学校を休んだヒカリがどうしているのか不明のため、最終的に残るのは風羽一人だ。いくら彼が精霊遣いでも、同じ精霊遣い二人を相手にするのは不可能だろう。ヒカリがいても、あちらには陰陽師の異能を操る琥珀がいる。唄を守りながら三人を相手取るのは、どちらにしても不可能に近い。


 だから、唄はダメ元で水練に訊くことにした。


「水練もついてくる?」

「いやや」


 やはりこの引きこもりは、今日とて外に出る気はないらしい。


「まあ、なんとなかるやろ。いっぺんに三人も相手にする必要はないし、先手必勝で、ひとりずつ倒していけばいいやない」

「戦うことを前提にしていたらそうなるわね。でもできれば私は、話し合いで解決したいと思っているわ」

「ふーん。それがええね」

「だから水練。できる限りあいつらの情報、教えてくれるかしら」

「了解っと。じゃあ、メール送るから、確認せえよ。同じの風羽にも送るから」

「え、どうやって確認すればいいのかしら」

「あー、これだから、スマホを持たないぼっちは」

「……ぼっち?」

「ここをこうやってこうや。ほれ、開けた」

「ありがとう、水練」

「あとこの追伸機能の付いたピアスもつけていくんやで」


 回転椅子をくるりとさせて振り返った水練から、ピアスタイプの通信機を受け取ると、唄は風羽と合流するべく、水練の根城である廃墟マンションを後にした。

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