(7) 夕暮れ時から夜へ
「今のところ、琥珀が陰陽師ってことと、瓦解陽性が炎遣いだということと、水鶏が土の精霊遣いだということぐらいしかわかってないね。何故彼らが『虹色のダイヤモンド』を盗むのを阻止しようとしているのか、それすらわからないままだ。何だか掌の上で踊らされているみたいで、気分良くないよね」
「そうね。……もしかして」
「唄?」
「何でもないわ」
唄が小声でつぶやいた言葉の意味を、ヒカリは少し考えてから思い至った。風羽と水練は知らないことだが、幼馴染であるヒカリは唄がどうして『虹色のダイヤモンド』を盗もうとしているのか、その
水練に「仲間外れ」だと馬鹿にされたが、唄が怪盗になった当初、最初に仲間になったのはヒカリなのだ。その後に、とあるいざこざで出会った水練をヒカリが連れてきて、それから少しして風羽が唄が怪盗であることを突き止めて、自ら仲間に志願してきて、いつの間に彼女の傍には、あたりまえのように風羽がいることが多くなった。
だからといってヒカリは諦めることはない。ずっと昔から、唄の傍にいたのは自分なのだから。幼馴染として、それからパートナーとして、ずっと、これからも彼女の傍に居続けるのだと、心に決めているのだから。
今からでも遅くないと、ヒカリは三人の会話をしっかりと記憶する。容量の悪い頭をフル回転させて、一言一句聞き逃さないように。
「……そう、か」
風羽がぼそっと呟く。
丁度会話が途切れていたところなので、よく響いた言葉に水練が反応する。
「なんや、何か知ってそうな顔をしておるなぁ」
「あ、いや、別に」
しまったと言った顔で、取り繕うように風羽が顔を下に向ける。
「何でもないよ」
「……何か、言えないことでもあるのかしら」
唄の言葉に、風羽が顔を上げた。
その顔は相変わらず無表情だが、悩むように眉が潜めている。
「その……僕も、僕なりに虹色のダイヤモンドや風林火山について調べていたんだけど」
「へえ、なんや、あたしらが知らんこと、知っていそうな顔やな」
「いや、虹色のダイヤモンドについては、君たちが知っていること以外、何も知らないよ」
「虹色のダイヤモンドじゃないということは、風林火山のことかしら」
風羽は躊躇いつつも、意を決した顔で口を開いた。
「僕の父は刑事なのだけど、二年ほど前にとある話を聞いたんだ」
静かな言葉で語られ始めた単語を、最初ヒカリも聞き流そうとしていた。
だけど、少しして驚愕の声を上げる。
「ちょ、ちょっと待てよ、お前の親父が刑事って!」
「それは、軽く聞き流せんなぁ」
「風羽。どういうこと?」
冷静な顔で、唄が尋ねる。
当の風羽は、やはり感情を伺わせない無表情で、淡々と語り始めた。
「別に、隠していたわけじゃないよ。喜多野、という苗字から僕の父が刑事だと、わかる人は分かることだからね。水練、どうせ調べていたんだろ」
「……あは、まあ、知っておったけどなぁ。でも、どうしてあんたが、怪盗に身を落としたのかは知らへんよー」
「怪盗に落ちたつもりはないよ。僕は、ただ唄の手伝いをしたいと思っただけで」
「なんや、てっきり親への反抗心からやと思ったわぁ」
「……それもあるかもしれないね」
ため息をつき、風羽はやはり淡々と言葉を続ける。
「僕の父は刑事だ。だけど、それとこれとは関係ない。僕は、自分の意思で、怪盗の手伝いをしたいと思って、今ここにいる」
「わかったわ。その言葉、とりあえず信じるわ。けれど、いつか話してくれる? どうして、私たち――怪盗の手伝いをしたいと思ったのか」
唄の言葉に、風羽が頷く。
今は、風羽の知っている情報のほうが重要だと判断したのだろう。
「わかったよ」
「待っているわね」
これ以上、唄が咎めるつもりがないことを悟り、ヒカリも感情から出てきそうになった言葉を飲み込む。
(唄がそう言うのなら)
「それで話って何かしら?」
「ああ、それを言わないとね。これは、二年前に聞いた情報だ。父は、僕を将来的に刑事にしようとしていてね。それも少し前までだけど。今は結構自由にやっている。その時――いろいろ教育を受けてきたときに、その事件の話を聞いたんだ。二年前、ちょうど唄の両親が怪盗を辞めた時期に重なっているのだけど、幻想学園からとある二人の情報が盗みだされるという事件があった」
風羽が記憶を探るように、一言一句区切りながら、ゆっくりと話した情報とはこういうものだった。
二年前、幻想学園から二人の情報が盗まれた。
その盗まれた情報を復元したら、とある二人の名前が浮かび上がった。
一人は、
もう一人は、瓦解陽性。
二人は同級生だったという。
誰が何の目的でその情報を盗んだのかはわからないが、もしかしたらこれが関係しているのかもしれないというのが、風羽の見解だ。
なんせ盗まれた個人情報の内の一つが、瓦解陽性のものなのだから。
◇◆◇
「唄ー」
うるさいのが後ろから声をかけてきた。
胡乱気な顔で、唄は振り返ることなく歩き続ける。
ヒカリは気にすることなく言葉を続ける。
「大丈夫か?」
「え?」
何を心配されたのか分からず、唄は顔を向けた。
ヒカリは、やけに真剣な顔をしていた。
「あ、いや、なぁ。俺は幼馴染だからわかるけど、唄、諦めるつもりはないんだよな」
「……あたりまえじゃない」
ヒカリは『虹色のダイヤモンド』のことを言っている。そのことに思い至った唄は、思わず声を荒げそうになったが、静かに答えた。
「私は、絶対に盗むわ。そう決めたもの」
「そうだよな。けど」
「けど、何かしら?」
「俺は不安なんだよ。どうしてカルさんとユウシさんが盗めなかったのかも分からないし。姉貴もあれ以来、バイト三昧でなんかちょっと怖いぐらいに過保護になっちゃったし……」
ヒカリには年の離れた姉がいる。
ヒカリの姉、ヒナは唄の両親の元怪盗仲間だ。元々、ヒカリの両親が唄の両親のお手伝いをしていただけなのだが、ある日いきなりヒカリの両親が海外に「仕事と遊び両立の旅」に出かけてしまったため、両親の代わりにヒナがヒカリの面倒を見ながら同時に怪盗の手伝いも行っていた。
それも二年前までだ。
今、唄の両親とヒナの間にはなにかしらの溝があるみたいで、家族ぐるみで付き合うこともなくなった。
それもこれもすべて『虹色のダイヤモンド』が関係しているのだろう。
どうして二年前、怪盗メロディーは『虹色のダイヤモンド』を盗めなかったのか。
唄の両親は、怪盗を辞めてしまったのか。
それから、どうして『風林火山』の連中が、『虹色のダイヤモンド』を盗もうとする唄たちの邪魔をしてくるのか。
一体、『虹色のダイヤモンド』には何があるのか。
それらすべての謎を突き止めるに、唄は絶対に『虹色のダイヤモンド』を盗むと決めているのだ。
それをヒカリは知っているはず。
だからヒカリも、まだ躊躇いがある者のそれ以上何も訊いてこなかった。
ただ、心配そうな顔がうざくて、唄は前を向いたまま家への道を歩く。
◇◆◇
部屋の扉が軽くノックされる。
「いいですよ」
陽性の言葉に、扉がゆっくりと横に開いた。
部屋着として使っている、黄緑色の浴衣に身を包んだ水鶏が、そこに立っていた。
「陽性、話があるんだけど」
「構いませんよ」
「その口調やめてよ」
「すみません。どうしてだか、癖がついてしまいまして」
「もう」
明らかに不機嫌そうな顔で、水鶏が陽性の前に座る。
「ねえ、陽性はこれからどうするの」
「どうって?」
「だって、白亜様にも琥珀にも何も言ってないんでしょ。アタシにも教えてくれないし。アンタ、一人で何かやるつもりなんじゃないの? アタシ、な、仲間なんだから、教えてくれてもいいんじゃない?」
「そう、ですね。隠し事はいけませんよね。後で、話すつもりではあったんですよ。でも、白亜様にはどうしても言えなくて。それを悟られないように、水鶏と琥珀にも言えませんでした」
「白亜様に隠し事?」
水鶏が目を見開く。
陽性が白亜に対して隠し事をしていることに、驚いているのだろう。白亜の命令は絶対だ。だけどこれだけは、白亜に教えるわけにはいけない。陽性は、嘘をついても隠し通すつもりであった。
だけど今、水鶏に訊かれたことにより、口が軽くなる。
少しでも些細な罪を共有したいと、陽性は作戦を水鶏に伝えることにした。
今だけは、彼女の命令に背くように。
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