(6) 仲間外れ

 夢を、見たのだろうか。


 まどろみから解放された水練は、うつぶせの状態のまま目を開ける。


 どこか懐かしく、だけども見覚えのない温もりに頭を撫でられたような、そんな夢を見た気がする。

 詳しくは覚えていない。けれど、母は水練が産まれて間もなく、この世から姿を消している。


 だから夢なのだ。あれは、ただの夢。


 ほんの少しの間、眠っていただけだろう。

 無線は切っていたので、現在あの二人がどうなっているのか分からないが、特に興味はなかった。


 玄関のドアがノックされたと思ったら、うるさいのが部屋に入ってきた。


「おはー、水練おきてるかー?」

「何、仲間外れの中澤ヒカリ」

「何でフルネーム!? てか俺は仲間外れじゃねぇー! よなぁ」


 コンビニ袋を片手に入ってきたヒカリは、水練の嫌味に大げさな挙動と動作で、頭を抱える。

 それを冷めた目で見降ろして、水練はやっぱり興味なさそうに顔を逸らした。


「尾行に置いてかれたんでしょ?」

「え、何、お前もツンケンモード?」

「ツンケンモードって何よ、それ。ネーミングセンスなさすぎ」

「悪かったな! いや、朝から唄も機嫌悪かったし。てか、お前いつもの方言もどきどうした? やめたのか?」


 その言葉に、水練は思わずヒカリに視線を向ける。妙に真剣な瞳と目が合ったのですぐに逸らした。


 水練は生まれも育ちも都市民だ。乙木野町で産まれ、この町で育ってきた。

 幼少の頃から引きこもり気味だった水練は、いつしか方言のような口調で自分を取り繕うようになっていた。きっかけは分からないが、何かのアニメやら漫画に影響されたのだろう。水練のしゃべる方言はエセだが、この口調は気にいっている。


 それでも、なぜか中学三年生の時にたまたまこちらの事情に首を突っ込んできたヒカリに助けられてから、彼に対しては普段のエセ方言がなくなってしまうことがあった。素の自分を晒しても平気なような、それに気づいたら終りのような、そのような気がして、水練はパソコン画面に目を戻すと、口を噤んだ。


「え、ちょと無視ですか? おーい」

「…………」

「あれ、ごめん。俺、何か言った?」

「…………」

「……うん。水練、俺、お前の素の口調のほうが好きだぞ」

「はあ?」


 思わず声を出す。

 彼にしては何気ない一言だったのだろう。けれど、あまりにもあっさっりとしたその一言の意味に、水連は呆れる。


 ヒカリが首を傾げる。


 何を言おうか口を開く寸前、小さなノック音の後から、唄が中に入ってきた。その後ろに風羽もいる。二人は、室内の微妙な空気に首を傾げた。

 ヒカリが唄に声をかけた。


「どうだったどうだった?」

「……水練。調べて欲しいことがあるのだけど、良いかしら」


 当然というようにヒカリを無視して、唄が尋ねてくる。風羽は相変わらず無表情で、何を考えているのか人に悟られないようにしている。


「何や?」

「琥珀のことよ。彼らの住んでいる場所、探しだせないかしら?」

「んー。なんや、そんなことか。一日ありゃ、見つけられるで」

「そう。お願いね。それから」

「まだあるんか?」

「今朝、風林火山の一人と会ったのだけど」


 その言葉に、ヒカリが「マジで!」と騒がしい声を上げる。

 水練は無言で続きを促した。


「名前は聞かなかったからわからないわ。けれど、同じ年ぐらいで、高等部に通っている女子生徒よ。黒髪を二つに結んで、紫色の瞳が特徴的ね。これぐらいで調べられるかしら」


 その時、風羽がボソッと囁いた。


「水鶏」

「水鶏? それ、誰?」


 唄が反応する。

 暫く迷ったあと、風羽は口を開いた。


「昨日、予告状に出しに行ったときに、風林火山の連中と少し揉めたんだ」

「へえ、初耳ね」

「特に伝える必要は思ったから。それに、君だって教えてくれなかっただろ。瓦解陽性のこと」

「……忘れていただけよ」

「そうかもしれないね」

「でそれは何や」


 水練が口を挟む。


「昨日、瓦解陽性という炎使い――精霊遣いかもしれないね――の男と、土の精霊遣いの少女と遭ったんだ。土の精霊遣いのほうは、髪の色はピンクだったものの、瞳の色は特徴的な紫色だった」

「同一人物の可能性があるわね。それで、何があったのかしら?」

「予告状を出すのを邪魔されそうになった。けれど、瓦解陽性が駆けつけてきて、水鶏を連れていなくなったから、予告状は無事に届けられたよ」

「何で、撤退を?」

「それはよくわからないけど。風林火山にはもう一人、仲間がいるらしい。陽性曰く『彼女』という人が、僕たちに危害を加えるのを良しとしていないらしいんだ。それは、尾行の時に琥珀が僕たちを動けなくしただけで撤退したことからも、『彼女』という人は、恐らくあの三人に命令できる立場にあることはわかるけど。まだあやふやだから、詳しくわからないね」

「そうね。それだけじゃわからないから、一旦情報を整理しましょう。風林火山の三人はもう姿を見たからある程度、わかるわね」

「俺、琥珀しか知らないんだけど」

「ヒカリは少し黙って。水練、良いかしら」

「なんや」


 倦怠感を隠そうとしない水練は、つまらなそうな声を上げる。


「琥珀の居場所と、それからあとの二人についても調べて欲しいのだけど」

「ええけど。……なんや、そういう大事なことは、もっと先に言うべきやないのか? あたしは、あんたたちの仲間やろ」

「そうよ。けど、確かな情報じゃなかったし、私は携帯を持ってないから。伝える手段があまり」


 唄が眉を潜める。

 隣の風羽は、口だけに薄い笑みを浮かべていた。


「僕は、今朝メールしたと思うけど」


 朝、眠ったときから少しも触っていないスマホを開くと、あの後もう一通メールが届いていることに気がついた。


 風羽から届いたメールは二件あったようだ。一件目は、琥珀の情報に対する感謝とそれからもっと「風林火山について調べられるだけ調べて」という嫌味なメール。それから二件目に、今更既読をつけると、そこには「それから、風林火山にもう二人仲間がいるらしいんだ。簡単な情報を送るから、できたら調べといてね」という文から始まる、やはりどこか皮肉気な文章。


 それに目を通し、水練は意地の悪い笑みでヒカリを見た。


「どうやら、あんたはやっぱり仲間外れみたいやな」

「何でだぁ!」


 ヒカリが大げさに叫ぶ。それを眺めて笑うと、水練は風羽と唄を目をやった。


「じゃあ、情報を整理しようや」

「そうだね。今後の対抗策も考えないと」

「それがいいわ」

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