第三曲 三日目
(1) 動き出す者達
早朝、六時過ぎ。
警視庁のとある一室にて。
『怪盗メロディー対策班』と銘打たれた部屋の中。
まだ若い一人の刑事が扉を開けて入ってきた。
「おはよーございまーす。あれ、
「呑気に欠伸している場合か、
勝警部と呼ばれた四十代ほどの男性が、若い刑事に鋭い視線を向ける。特徴的なふと眉を眺め、佐々部は「あはは」と気のない声を出した。
「いやだなぁ、勝警部。この髪は地毛だって、いつも言ってるじゃないですかぁ」
佐々部の髪の色は、肩につくほど長く、空より濃い不思議な色合いの紺色である。同じような瞳を瞬かせ、にへらと笑う佐々部に勝は呆れてため息をついた。
「それは知っている。問題は服装の方だ。何て恰好をしている。いつものスーツはどうした。それはあまり刑事っぽくないぞ。お前はそろそろ刑事を辞めるつもりか?」
「え?」
そこで初めて気づいたというように、佐々部は自分の服装に目を落とした。
高級そうな白いスーツに、ボタンを二つばかり外したシャツ。ネクタイはしていない。替わりに、金色のネックレスを二つ首から下げていた。左右の耳には色とりどりのピアスを合計六つ付けている。
あー、しまった。と佐々部は表情に出さずに思う。
今朝の呼び出しは突然のことだった。早朝一番に勝警部からメールが来て、慌ててやってきたらこの様だ。昨日の夜に出歩いていた恰好のまま、仕事場に来てしまった。家に帰ったら確実に遅れるし、往復するのも面倒だったので、出先からそのまま仕事場に来てしまった。
失念していたといえば嘘になる。けれど、自分の服装をそこまで気に留めて無かったのも事実だ。
佐々部はどうにか取り繕うと脳をフル回転させて、適当な口調で適当なことを言う。
「勝警部。これはいま流行のファッションですよー。私服なんですが、朝いきなり呼び出されたから着替えることなくきちゃいました。まあ、スーツですし。これで自分の仕事が疎かになることもありませんので、勘弁してください」
「良く回る口だ。さすがの私も、そんなファッションなど流行っていないことを知っているぞ。……まあいい。いきなり呼び出したのもこちらだ。それよりも今は大事な用件があるからそちらを先にする。お前に構っているのも疲れるからな」
「あはは、すみません」
「笑うな」
「へい」
「いや、だがこれだけは気になるな。朝方に呼び出されて、パジャマ姿で来るのは一歩引いて理解できるが、その服装で寝ていたとも思えん。お前は、一体夜に何をしているんだ?」
「それは、業務秘密ということで」
唇に指を当てる佐々部に、質問をするのも面倒になった勝はため息を漏らすと、この部屋に集まっている他のメンバー――対策班のメンバーに顔を向ける。
「さて、こんな朝方に集まってもらったのは他でもない。怪盗メロディーから予告状が届いた」
そんなことだろうと辺りをつけていたのだろう。いや、怪盗メロディー対策班なので、それ以外の用件はないと言ってもいい。
佐々部は空いている椅子に座ると、退屈そうに欠伸をした。
(なんで、怪盗は予告状なんて送るんだろうなぁ。そんなことしたら、余計に盗みにくくなるだけなのに)
物語の怪盗は、ただの演出でしているのだろう。そっちのほうが面白い。だから予告状を出す。
だけどここは現実だ。物語のようにうまくいくことなんてない。
それを知っているだけに、佐々部は怪盗を哀れに思う。表情に出さないけれど。
【月が輝く満月の夜。午後十一時丁度に、佐久間美鈴様の所有する『虹色のダイヤモンド』をいただきに参ります。怪盗メロディー】
スクリーンに、怪盗から送られてきたと思わしき予告状が映し出される。
(なんでメロディーって、満月が好きなんだろうなぁ)
そんなどうでもいいことを佐々部は考えていた。
前に立つ勝が、バンと机を叩き、部屋いっぱい響くほどの大きな声で威勢よく。
「今週の土曜日、佐久間邸に怪盗メロディーが侵入する! 現行犯で捕まえるぞ! これからみっちり作戦会議を行うからな。心してかかれ! 次こそ、メロディーを捕まえるぞ!」
「はーい」
他の刑事の大きな返事に埋もれて佐々部が返事をすると、それを目ざとく聞きつけた勝が反応する。
「はい、を伸ばすな、みっともない!」
「はい。わかりましたー」
「はあ、どうしてお前みたいなやる気のないのが刑事をやっているんだろうな」
へらへらした態度を改めることない佐々部に、勝は呆れて言葉にするのを辞めた。
佐々部本人は、へらへらした表情の下、偽ることのない心の中で低く囁く。
(二十年以上も捕まえられない怪盗を、次こそは捕まえるか。無理難題だな)
退屈そうに、佐々部は欠伸をした。
(それにしても、徹夜だから眠い)
◇◆◇
同じ頃。
古い屋敷の一室で、起きたばかりの白亜の前に陽性が
「頭を上げるのじゃ」
「申し訳ありません。怪盗メロディーが予告状を出すのを阻止できませんでした」
陽性が顔を上げて、申し訳なさそうに眉を潜める。
その隣で、ツンと水鶏がそっぽを向いていた。
「良い。どうやら、夜中の十二時に警視庁やテレビ局にも予告状が届いておったらしいからな。阻止するのは不可能であったのだろう」
少女と女性ともつかない、どこか儚い声が響く。
御簾の裏に隠れた白亜は、顔を見せることなく囁きを漏らした。
「何としても、虹色のダイヤモンドに触れさせてはならぬ」
「……心しております。これからいかがなさいますか?」
「……」
迷うような息づかいが聴こえる。
壁に持たれて成り行きを見守っている琥珀は、小さく舌打ちをした。
(陽性の言葉はどこか嘘くさい。……あの様子だと、水鶏が何かをしたんだな。余計なことしやがって)
水鶏と視線が合う。紫色の瞳は、琥珀に向いただけですぐに逸らされた。
(っ、なんだよ、いつもいつも)
何故だかわからないが、水鶏は琥珀のことを嫌っている。
同じ異能力者でも、この黄色い髪の毛は気味が悪いと思うのだろうか。それとも灰色の瞳か。
それでも、水鶏のピンク色の髪と紫色の瞳も、琥珀同様、現実にはあり得ない色合いだ。本人が一番気にしているだろうから、髪や瞳の色は関係ないのだろう。
きっと存在だ。琥珀の存在をあまり好んでいないのだろう。
それはそれで、やはり気に障る。
琥珀だって、白亜がいなければこの屋敷になんていないというのに。
白亜がいるから、ここにいるだけだというのに。
彼女が、琥珀を救ってくれたから。その恩返しをしたいだけなのに。
「白亜様」
他人行儀に、陽性が静かな口調で白亜の名前を呼ぶ。
「ワタシに、任せていただけませんか?」
「……」
「必ず、メロディーが虹色のダイヤモンドに触れないようにして見せます」
「何か案があるのじゃな」
「はい」
「では、そなたに任せよう。陽性、無理はするではないぞ。それから」
「わかっております。メロディーに危害は加えません」
「……任せたぞ」
「かしこまりました」
そんな二人の会話を聞きながら、琥珀は思う。
(危害を加えないで阻止することなんて無理だ)
琥珀は、白亜のためだったらなんだってやってやると、心に決めていた。
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