第18話 初めての。

 初めてシマノのリールを所有したユキ。

 ダイワのリールとは回転の特性がまるで違うため、最初のうちはバックラッシュに悩まされた。が、どうにか使えるようになった。

 慣れてくると、スパッと抜けるような感じがなんとも気持ちいい。

 お気に入りとなり、巻きのメインタックルとなった。

 

 

 父親の影響でユキのリールは全てダイワ。

 しかし、特にこだわりがあったというわけじゃない。

 単にそういうものだと思っていただけのこと。


 高校に入って友達もでき、雑談しているとき釣りの話になった。

 出席番号が前と後ろ、ということで友達になった白木陸。


「へ~。自分ら釣りするん?」


「するばい。」


「シマノ派?ダイワ派?」


 バス釣りする人が、知り合って最初に高確率で交わす会話。


「オレ、ダイワ。」


 と、ユキ。


「オレ、ABUとダイワ。」


 と、千尋。


「マジで?珍しいね。シマノ、おらんやん。」


「おるばい、あっこに。」


 千尋が菜桜を指さした。

 こちらに気付き、


「ウチがなんち?何の話しよん?」


 話に加わる幼馴染女子チーム。


「ん?釣りの話。」


「そーなんて。で、何ち?」


「シマノ使いよるっち話。」


「あ~、あれね。親父のお下がり。いーよね!赤のスコーピオン。」


「倉田さんも使いよるって?」


「うん。そのセットしか持ってない。金貯めて次はスピニング買う。」


「へ~。でも、釣りする女子っち珍しくない?」


「そぉ?ウチら、でったんするばい。こいつらと。」


「マジで?オレ、釣りガールっち初めて見たばい。」


 感激している。

 マジで筑豊じゃ見らんもんね。


「ウチ、古ぅ~いTD-Xとリョウガ2020とミリオネア!」


 桃代が手を挙げて元気に申告する。


「マジ?リョウガとか使いよぉって。重くないん?」


 驚きの表情で尋ねると、


「こいつ、バカ力やき。」


 菜桜が元も子もないことを言う。


「おい、こらっ!これでも一応女ん子ぞ!男子の前でそげな言い方すんな!」


 ムキになる桃代。


「はいは~い。男より強いくせに。」


 軽く受け流された。


「うるせー。バカ菜桜。」


「うるせー。バカ桃。」


 最終的にはバカだのアホだのといった子供のケンカのような言い合いになり、


「ふん!いーよーだ。バーカバーカ。」


 桃代が負ける。

 歳がほぼ一つ離れているので&精神年齢が低いので、いつも桃代が負けてしまう。

 言い合いしている二人は放置。


「ウチ、ABU。レボエリート!」


 と、環。


「女ん子なんに、みんなベイトなんやね。」


「そやね。でもウチ、今度スピニング買うよ。プラスチックのヤツ。」


「そーなんて。」


「ウチはジリオン。」


 と美咲。


「珍しいね。ダイワばっかやん。」


「別にこだわりとかないっちゃけどね。」


 だから何?


 周りにいる釣りしない人間からは、そういうふうに思われる。

 でも、何か知らんが話している人限定でこの上なく面白い話題。

 自分の愛機のメリットやデメリットを言い合って、その話を参考にして次の機種を決めたりもする。


 リールの話で盛上っていると、陸が提案してくる。


「近頃オレ、ハイギア好きでね。カルカッタコンクエスト、ギヤ比低いき今の釣りには合わん気がするっちゃ。1万で売ろうと思うけど、誰か買わん?傷は少し付いちょーけど中身はまともばい。」


 カルカッタコンクエスト。

 シマノの丸型ベイトで最上位機種。

 金色のボディがカッコイイ。

 その会話を聞いていた菜桜が、


「ちょっと!傷モンっちばい、桃。あっ!中身はまともっちやき、お前とはだいぶん違うね。」


 ニヤケながらまたいらんことを言う。


「うるせー、ば~か。いらんことゆーな。」


 桃代が顔を真っ赤にしながら怒る。


「狭間さんっち傷モンなん?」


 陸が興味津々で聞いてくる。


「ほら見ろ!こげんして変な方に話しが飛ぶやろうが!大体、リール売るき誰か買わん?っち話やねぇんか?」


 菜桜はその問いには答えず、


「あれ?この前教室でバラした時、聞いてなかった?こいつね、春休み…」


「わ~っ!また言いふらかす!」


 桃代はアワアワしながら必死で菜桜の口を押さえようとしている。

 そのやり取りを隣で見ていると、ウルサイがヒマしない。というのも焦りまくる桃代がかなり可愛いのだ。


「春休みにどうしたん?」


「温泉旅行行ってね。」


 わざとここで切って、チラッと桃代を見る。

 そして嫌な笑みを浮かべる。


「もーっ!ゆーなっちゃ!お前、だいたいバラシまくり過ぎ!白木くんも聞かんと!」


 顔を真っ赤にして涙目になっている。


「え~、興味あるし。っちゆーか、小路と狭間さんっち付き合いよん?」


「そーばい。」


 ユキがサラリと答える。


「そっかー、納得っち感じ。見よったらモロやもんね。こっちが恥ずかしくなってくる。」


 ごもっともな感想を述べる陸。

 その場の空気があからさまに違うので、分からないわけがない。

 本人たちはバレないように陰でコソコソしているつもりだが、全く隠せていない。

 そして、間が悪いことには定評のあるアンポンタンだ。

 いつもやっているワケじゃないのに、恥ずかしい場面のみをしょっちゅう目撃されている。つい最近では、グラウンドでの集会の時、いちばん後ろで乳を触っているところを先生に見つかって相談室に呼ばれ、こっぴどく叱られた。


「あ!分かった付き合いよって傷モン。そーゆーことかぁ…したって?」


 バレた。


「ほらみろ。」


 桃代がふて腐れる。

 菜桜はというと、宥めると見せかけて


「まーまーまー。怒らない怒らない。でね。」


 追加情報を提供しようとしていた。


「まだゆーか!」


「どんなシチュで?」


「もぉ!聞かんの。菜桜も!」


 顔を真っ赤にして、どうにか菜桜の口を塞ごうとしている。

 塞がれないように身体をよじらせ、


「酔って温泉入りよって、スベタリコケてユキのが刺さった。」


 暴露する。


「結局言いやがった。バカ菜桜。」


 叩きまくる。


「あはは!いて~ちゃ!」


「見たげな言い方しよーばってんが、倉田さんの前でなったん?」


「うん。」


「すごいね。かなりレアやん。」


「こいつらひでーっちゃき。ウチ、コケて痛がりよぉんにから、●ンコジーッと観察して助けやがらんし。」


「こいつ『ら』?『ら』っちゆーことは、複数の人に見られたん?」


「うん。ここにおる幼馴染みんなと余所のクラスの幼馴染全員見た。親も見た。血が出よぉマン●ドアップ。マジでエロかったばい。」


「うわ~…トラウマやね。」


「絶対一生言われ続ける自信あるし。」


 諦め気味の桃代。


「リールの話からとんでもないところまで話がぶっ飛んだね。」


「ホントっちゃ。バカ菜桜!あ~むかつく!」


 この日、ユキと桃代のエピソードがクラスにまた深く浸透していった。




 後日。

 カルカッタコンクエストを買ったのはユキ。

 桃代と一緒にいつもの場所で試し投げしにきていた。

 部屋でサオに組んでスプールの回転を見てみると、とんでもなく回る。

 だから、直らないバックラッシュも想定している。すぐに帰らなくていいように、予備の糸もちゃんと持ってきてあるのだ。

 

 SVSのブレーキカラーは2個作動させている。

 スプールを軸方向に動かすと、僅かにカタカタ言う程度にキャスコンを調整。


 期待しまくりでの記念すべき一投目。

 サオを振った瞬間、


 バサッ!ドボン!


 ルアーが目の前に落ちた。


「うわ~…」


 唖然とするユキ。

 修復はできそうだがかなりの規模のバックラッシュ。


「どげんした?」


「バックラッシュ。」


「うっわ〜…激しいね。」


「うん。」


 座り込んで黙々と直す。


 やっと復旧。

 クラッチ切って~、バックスイングからの~、


 ビュッ!バサバサ!ボチャ!


「…」


 目が点になるユキ。


「また?」


「うん。なんか、マグネットブレーキとエライ違う。」


「マジ?」


「うん。次はメカニカル(キャスコンのダイワ呼び)締めてやってみよ。」


 どうにか復旧したのでキャスコンを90°近く回した。

 クラッチを切ると、ルアーの落ちる速さがだいぶ遅くなった。


 飛んだけど、

 バックラッシュもしなかったけど、

 …飛距離が出ない。


 エスケープハッチを開け、ブレーキカラーを120°で3つ作動させる。

 キャスコンは元の位置。

 

 バックラッシュはしなかったけど、引きずった感が大きく飛距離が出ない。


 SVSを2つに戻した。

 

 どーしたもんかな。


 しばし考え、初心者がやるみたいに手首を固定し、ゆっくり振ってみると…


 ヴィ―――――ン…ポチャ。


 かなり飛んだ。


「おぉ~。そぉゆーことか。」


 コツがつかめた。

 多分、遠心ブレーキはマグネットブレーキと比べて初速が早い。

 慣れないうちにスナップを効かせると、一気に回転が上がりバックラッシュする。

 だから、あとは練習あるのみ。


 桃代が興味深そうに、上から乳が見えないようにシャツの首元を押え、ユキのやっている調整を覗き込んでいる。

 構造をよく見せてやる。


 桃代から見えない真下から手を伸ばし、不意に乳首付近を突く。


「ンあっ…も~!バカ!スケベ!」


 頬を赤くして、恥ずかしがりながら叩いてくる。

 学校でもしているいつものイチャイチャだ。

 投げてみたくなったらしく、


「貸して?」


 手を出してくる。


「ほい。」


 わたすと、


「ありがと。」


 受け取って早速キャスト。バックスイングを取り、


「せーの!」


 いつもの要領で投げてみると…


 バサバサバサッ!ボチャ!


「うわ!何これ?」


 盛大にバックラッシュし、数m先にルアーが墜落した。


「ね?違うやろ?」


「うん。これはちょっと…でったん難しいね。ウチ、シマノ無理かも。今のでちょっとトラウマになった。」


「でも、これ使いきったらなかなかいーばい。でったん飛ぶし。これ巻き用のリールに決定。」


「ウチは今のでいい。っちゆーかミリオネア買ったばっかやき、使い倒さんと。」


「そやね。」


 それから何回もコンクエストの出番を作り、挙動にも慣れ、お気に入りのリールとなったのだった。




 何でもない日常。

 特に何も起こらない。

 バカ話して、騒いで、エロい妄想して。それをちょっとだけ実行して、釣りに行って。

 そして、たま~に釣れて。

 温~い感じがいい。


 ドラマチックなことは、いいことがたまに。


 それでいい。

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