6.イケメンテニス太郎。
「彼女は俺達と同じ二年一組だけど?」
さも当然のようにイケメンは言った。
眩しい笑顔だ。思わず嫉妬してしまうね。
「それにしても驚いたな。学校が終わった後すぐのバスに乗ったはずなのに先客がいたなんて。てっきり俺が一番乗りだと思っていたよ」
どんな裏技を使ったのかと遠回しに訊ねてきているような気がした。
「いや、俺は今日学校行ってないから」
「小鳥遊さんのためにわざわざ休んだのか?」
違う、と言いたかったが結論としてはまったくその通りなのでどうしたものか。まあ、どうしようもない。
「このお隣さんが倒れた現場に偶然鉢合わせてな。他に誰もいなかったから付き添いするしかなかったんだよ」
仕方ないので事実を忠実に話す。
嫌々巻き込まれてしまったのだというニュアンスを含んだ言い回しをしたつもりだったのだが、伝わったかね。
「隣っていうのは?」
そこに食いつくのかよ。
「同じマンションの隣室ってことだ」
俺は簡潔に答える。それ以上に言いようがないからな。
「なるほど、君らはそういう繋がりか」
イケメンはふんふんと頷く。
何がなるほどなのか。勝手に納得されると齟齬が生じているのではないかと不安になるのだが。
「俺は転校生なんだけどさ。本来なら今日から通うはずだったんだが、まあこういうわけで初登校は明日に延期ってわけだ」
世間話も兼ねて、俺は場を繋ぐための話題を振った。
初対面の人間と会話なしで過ごすのは少々キツイものがあるからな。
肝心の見舞われる人間が外界との交渉をシャットアウトしているのだからやむを得まい。
ただ同じ学校ならこいつらもまるっきり他人というわけではないわけだし。多少の交流を育んでおくのも転入する立場の俺にとって悪くはない。
「ああ、同じ学校の同級生のはずなのに君に見覚えがないと思ったらそういうことだったのか」
イケメンが得心いったという表情をする。
同級生、というのはネクタイの色で判別したのだろう。天帝学園は学年別で色がそれぞれ決まっているらしいからな。
ちなみに俺たちの代は緑色だ。
「何組に入る予定なんだ?」
「確か三組とかって言ってたな」
「三組……。
本当にテニスやってたのか。
俺の洞察力も捨てたもんじゃないな。
なかなかのものだと自賛する。
「それにしても、せっかく来たけどタイミングが悪かったみたいだ」
動かざる山を形成して横たわる小鳥遊由海を見てイケメンは苦笑しながら肩をすくめる。
「久しぶりに会ったし、少しくらいは話したかったけど」
いや、多分こいつ狸寝入りだぞ。さすがに口には出さんが。しかしこの女、せっかく級友が訪ねてきているのに寝たふりとはどういう了見か。俺に相手させやがって。
でも確かに便秘が理由で入院した姿をクラスメートに見学されるとか羞恥に悶えて合わせる顔がなくなるのも仕方ないことなのかもしれない。
我が身と考えれば絶対に勘弁してもらいたい場面ではある。
朗らか笑顔のイケメンテニス太郎。
悪気はないんだろうなぁ。
ゆえに罪作りな男だ。
いい人間が行う善意の行動が常にいい結果をもたらすとは限らない。
善行が裏目に出て悪手を招くことなどざらだ。
ただ、この場合は単純にイケメンのデリカシーの欠如が問題かもしれないけれど。小鳥遊由海も災難なやつだ。
「寝てるところを起こしたら悪いし、俺達は帰ろうかな」
どうやらイケメン太郎は起きる気配のない病人を見て引くべきだと判断したようだ。
「何か要件があるなら伝えておくけど」
残念そうな雰囲気をあからさまに出したイケメン太郎を気の毒に思った俺はそう申し出る。
「いや、今日はクラス委員としてクラスの代表でお見舞いに来ただけだから」
お前もクラス委員なのかよ。いや、三つ編みの女子がクラス委員であるかはわからないけど。
「でもそうだね。強いて言うなら、早く元気になってくれってことかな。クラスのみんなも待っているから」
みんなって誰だよ。そんなみんな仲良しなんてことあるわけなかろうに。恐らく言葉の綾だろうからいちいち噛みつきはしないが個人的には少しひっかかる物言いだ。
「また来るよ」
「三日くらいで退院するらしいから、そんなに心配することないと思うぞ」
「そうか、大したことないようなら安心だよ」
そう言ったイケメンが一瞬だけ表情を暗くしたように見えたのは気のせいだろうか。
「じゃあまた学校で会おう」
イケメンは胸の前で小さく手を挙げ、病室を後にした。
眼鏡の女子も会釈して去っていく。
行儀良さの垣間見える綺麗なお辞儀であった。そういや結局あの子は一言も会話に加わってこなかったな。
何しに来たんだか。
うん、まあ、普通にお見舞いだよな。
断じて俺と雑談するためではない。
よく考えるとあの二人の名前を聞いてなかったが、まあクラスも違うようなので知らなくても差し障りはないだろう。
こちらも名乗っていないのだし。
それよりも。さてさて。
「二人とも、もう帰ったぞ」
声をかけてみるも反応はない。
「おい、いい加減に……のひぃっ!」
俺は突然布団の中から飛び出してきた腕に手首を掴まれ思わずマヌケな声を上げてしまった。
なんという失態、屈辱!
ああ、俺は辱めを受けてしまったよ……。
「こ、この、お前、一体どういう……ん?」
こいつ、震えているのか?
細い指先が包んでくる、そこから伝わってくる僅かな振動。体温。
トイレでも我慢してるのだろうか。
もしくは怯えているとか。
……誰にだ?
俺が想定外のスキンシップに戸惑い逡巡していると小鳥遊由海はひょっこりと顔を覗かせてきた。
ただし口元は隠し、目がギリギリ表に出る程度であったが。
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