第七話「旅のご隠居様と 中編」

 ちりめん問屋のご隠居様光右衛門とそのお供と一緒に伊予松山へと向かう彦右衛門。

「さて、彦右衛門さん、あなたは私達の用心棒という事でお願いします」

「はい、元々用心棒をして食いつないでましたし」


「しかし伊予松山といえば……」

 助三郎が顎に手をやって呟く。

「なにかあるのですか?」

 彦右衛門が尋ねる。

「いや、あそこは干魃やらなんらやで飢饉となり財政難だと聞いたので、新たに藩士を召し抱える余裕が無いかもしれませんよ」

「……だめでもともとです」


「ご隠居、ダメだった時は国元へ帰った時に綱條つなえだ様に頼んでみてはいかかですか?」

「格さん、うちも財政難ですよ」

「そうだぞ、大日本史編纂にどれだけ金がかかってるか知ってるのか?」

 ご隠居と助三郎が言うと、

「そ、そうでした。ぐ、申し訳ない」

 格之進が彦右衛門に頭を下げた。


「……皆様方、正体隠す気ないでしょ。てかこれこのまま載せて大丈夫なのか?」

 彦右衛門が項垂れて言うと、

「今は私達しかいないから言ってるのですよ。町へ行ったらちゃんとしますよ、用心棒の先生」

「はいはい……」


 そんなこんなで松山城下町まで来た一行。

 早速彦右衛門は方方を回った。




 宿へ帰って来た彦右衛門を出迎えた光右衛門達は、

「だめじゃったようですな」

「はい……」


「まあ、彦右衛門さんならいずれはいいところに仕官できますよ」

 格之進がそう言って慰める。

「ありがとうございます」

「さ、今日のところはゆっくり休みましょう」

 ご隠居が言ったその時、


「もう我慢できねえ!」

 隣の部屋から大声がした。


「ん? なんだ?」

 一行は静かにして聞き耳を立てた。


「しかし一揆など……」

「じゃあこのまま指をくわえてろとでも言うのか!?」

「いや、とにかくだな」


「あの、もし、丸聞こえですぞ」

 光右衛門が隣の部屋に向かって声をかけたが、返事はなかった。


「ちょっと失礼」

 光右衛門はそう言って襖を開けた。

 そこには百姓風の男二人がいた。


「……なんだあんた?」

 男の一人が言った。

「手前は越後のちりめん問屋の隠居でございます。心配せずとも他言はしませんよ。それよりよければ何があったのか話していただけませんかな」

「どうする?」

「う……」

 二人は悩んでいるようだ。


「察するに飢饉にも拘らず、年貢の取り立てが厳しいとかではないのか?」

 彦右衛門がそう聞いた。


「……その通りです。今年は不作なのにいつもと同じように取り立てようとするもんで」

「なんとかしてもらおうとお願いに来たんですが、門前払いで」

「それで一揆か」

「へえ、このままじゃ皆飢えて死んでしまいます。というか既によその村では」

「お侍は誰も飢えてないってのに、なんで俺達だけが」

「そうか」


「はて、ここの殿様はそんな酷い方ではなかったはずじゃがって、今は江戸にいるのでしたかの」

 ご隠居が言うと、

「はい、だから城代家老様が……」


「ふむ、これは」助三郎がそう言い、

「あれだな、お約束の」格之進がそう返した。

「よし、手前がなんとかしましょう、だから一揆は待ってくだされ」

「なんとかできるんですか? あんたいったい? あ、もしかして貴方様は」

 男が何かに思い当たった。

「ただのお節介焼きの旅の隠居ですよ、そういう事にしておいてくだされ」

「……わかりました、お願いします」

「では皆さん、参りましょうか」

「はい」


「拙者が主役だよな、この物語。でもご隠居様に出て来られてはなあ」

 彦右衛門はボソッと呟いた。




「ふふふ、殿がいないと年貢の横流しも楽よの」

「ご家老様、手前もおかげで儲けさせていただいております、これはほんのお礼で」

「おお、山吹色の菓子か、伊勢屋、そちも悪よのう」

「いえいえ、ご家老様こそ」

「まあ、邪魔者はあの御方のおかげで始末できるしな」

「あの御方とは?」


「はっはっは。今の話、しかと聞きましたぞ」

「誰だ?」

 家老と伊勢屋が障子を開けて外に出ると、一行がそこにいた。

「領民が飢えているというに己が欲を満たす事しかしない悪党を退治しに来ましたでの」


「なんだとじじい、無礼な!」

「ええい、者どもであえー!」

 配下の侍達が駆けつけてきた。

「では、お決まりのでいきましょうか、助さん、格さん、彦右衛門さん、懲らしめてやりなさい!」

「「「はっ!」」」


 ドカバキドカバキ、とあっという間に相手方は倒された。


「さて、もういいでしょう」

 ご隠居が言うと、

「う、このままお決まりで終わってたまるか! 叉丹殿、出番ですぞ!」

「何、叉丹だと!?」

 彦右衛門が驚きの声を上げた。


「……フフフ、久しぶりだな」

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