第五話「夢のまた夢 後編」

 その後、彦右衛門達が木の下を掘っていると、

「ん? これは?」

 蓋をした壺が出てきた。

「おお、あったか彦右衛門さんや」

「この壺ですか?」

 そう言って彦右衛門は藤吉郎に壺を見せた。

「そうじゃ、その中に入れて埋めたんじゃ。さて」

 藤吉郎は壺の蓋を開けて中に手を突っ込んだ。

「ほい、これで間違いないかの?」

 藤吉郎は光る石を美華に見せた。

「は、はい! これです!」


「そうかそうか。じゃあこれはあんたに渡すでの」

 藤吉郎は美華にその石を渡した。

「あの、その石っていったい?」

「え~と、この石は聖核セイントコアというものなんです」

「は? なんですかそれは?」

「う~ん、まあとにかく凄い力を持った石なんです。これが妖魔の手に渡ったら世界はあっという間に滅んじゃうくらいの」

「えっ!? 藤吉郎殿、いや太閤殿下! そのようなものいったいどこで手に入れたのですか!?」

「こら彦右衛門さん。……まあいいわい、お察しの通りワシは元関白太政大臣、豊臣秀吉とよとみのひでよしじゃ」

 藤吉郎、豊臣秀吉はそう言った。

「やはり。とすると幽霊?」

「まあ、ワシはもう死んどるけど今は幽霊じゃねえがな」

「はい?」

 彦右衛門が首を傾げると、

「あ~、ワシは娑婆に来た時はな、子孫の誰かの体を借りてあっちゃこっちゃと見て回るんじゃ。この体はその一人のものなんじゃーて」

「あの、子孫ってご子息の秀頼ひでより公は」

「さっき言ったじゃろが、あの抜け穴から逃げ出したと」

「そうでした。しかしよく追手をかわして生き延びれましたね」


「いや、たぶん家康殿は秀頼を殺しとうなかったんじゃろな。あの時秀頼が自害しようとしたが、どこからともなく現れた服部半蔵正就はっとりはんぞうまさなりが止めてくれて、秀頼や茶々に城から逃げるように説得してくれたんじゃ。そして秀頼達を人里離れたところで匿ってくれたんじゃ」


「え? 半蔵正就殿は大坂の陣で討死し、ご遺体は見つからなかったと伝わっていますが、まさかそのような事をされていたとは……」


「そうじゃ。それと孫の国松も救うてくれた。お陰で皆天寿を全うできて、子孫達はひっそりとじゃが平和に暮らしているわい……ああ、話がそれちまったの、この石じゃがの」

「あ、そうでした。それをいったいどこで?」

「これはワシがまだ足軽大将だった頃に信長公から頂いたんじゃ、信長公がどこで手に入れたかまでは知らん」

「さようですかってあれ? あの世でお会いしてないのですか?」

「会ったがのう、聞けぬまま今に至るのじゃ。そしてワシが天下人となったある日、夢で神のお告げがあってこれはさっき美華さんが言うたとおりのものじゃと教えられた。じゃからワシはこれを埋めたんじゃ」

「……美華殿、あなたはいったいこれをどうするつもりですか?」

 彦右衛門が美華に尋ねた。


「えっと、これはたしかに国を滅ぼしかねないものですが、使い方によってはこの世から飢えや争いごとや苦しみなどを消せるんです。わたしの主はそれをしたいが為にこの石を集めてるんです」

「え? 集めている、という事はこの石はまだ他にもあるのですか?」


「はい。これは全部で八つあるんです。これで六つめ。あと二つのうち一つは他の仲間が今の持ち主に譲ってもらえるよう話をしてますが、もう一つはどこにあるかわかりません。わたしはこれを主に渡しに戻った後、また探しに行きます」


「美華さんはワシの事がすぐわかったし只者でないのもわかる、そして嘘など言うとらん事もな。ワシは美華さんが言う世の中を願うからこの石の事を教えたんじゃ」

「そうでしたか……」


「信長公は多くを語られなかったが、乱世を終わらせ皆が幸せに暮らせる世を作ろうとされておったのはワシにも分かったわ。家康殿も信長公やワシに力を貸してくれて、ワシらが死んだ後は自分しかおらんと時には心を鬼にして、泰平の世を拓いてくれた。だがそれでもいずれまた……」

 秀吉が空を見上げて言う。


「だが、これからの事はこれからの者達に。そしていつの日か本当の泰平の世を築いてくれると、多くの戦国の者達もきっとそう思っておるわ」




「ではわたしはこれで」

「美華殿、お達者で」

「ええ、では」

 美華は石を大事に抱えながら去っていった。

「さて、ワシもそろそろ帰ろうかの」

「あの世へお帰りですか」

「ああ、おかかが待っとるしなあ」


「では拙者もこれにて」

「ああ、彦右衛門さんは仕官先を探しとったんじゃったなあ。ワシが今生きとったらあんたを百万石で召抱えたのにのう」

「太閤殿下、それは言い過ぎです」

 彦右衛門は苦笑いしながら手を振る。


「そんな事ないがな。あ、そうじゃ。百万石の代わりにこれをあんたにあげるわい」

 そう言って秀吉は懐から瓢箪を取り出して彦右衛門に差し出した。

「これはもしかして馬印の?」

「そうじゃ、世に言う千成びょうたんじゃ。これはその最初の一つじゃ」

「そ、そのようなものを受け取るわけには」


「いやいや、どうか貰ってちょーよ。これが今のワシの精一杯じゃし」

「……わかりました。ではありがたく頂戴いたします」

 彦右衛門は瓢箪を受け取った。


「それじゃ彦右衛門さんや、達者でな」

「はい、太閤殿下」

 彦右衛門は再び仕官を求めて旅立っていった。


「さ、ワシも帰るとするか……浪速の事は夢のまた夢じゃけど、人の想いはそうではないと信じとるぞ」




とある浪人石見彦右衛門の不思議道中記はまだまだ続きます。

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