とある浪人の不思議道中記

仁志隆生

零話「食い逃げと勘違いと」

 昔々の事。

 一人の浪人が諸国を旅していました。

 浪人は旅の合間に用心棒などして食い扶持を稼ぎながら仕官の口を探していましたが、どこもなかなか召し抱えてはくれませんでした。


 そんなある日、浪人はとある村に辿り着きました。

 村の中を歩いていると茶店があったので、腹も減ったし団子でも食べようかと思いました。


「あーもし、お茶と団子をくれ」

「はい……えーと」

 店主が出てきて浪人を見ると、不安気な表情になりました。


「心配するな、銭なら持ってるから」

 そう言って浪人は財布を見せました。


「すみませんお侍様、ご勘弁を」

「いいってことよ。拙者は見ての通りの貧乏浪人、そう思うのもしかたない」

「すみません、すぐお持ちします」

 そう言って店主は奥に引込みお茶と団子を持ってきました。


「どうぞ」

「ではいただこう。うむ、美味いな」

「ありがとうございます」



 食べ終えてから浪人は店主に聞きました。

「ときに店主、この辺で用心棒を探している人はおらんか?」

「はい、それなら……いえ、これはさすがに」

 店主は何やら言い淀みました。

「どうした? 何かあるなら話してみてくれんか?」

「はい、実は私の店や他の店で食い逃げが何度も起きてるんです」

「ほう?」


「そいつは毎回姿を変えて来るし、あっという間にいなくなるので妖怪変化か何かだと思うのです。いくらお侍様が腕の立つお方だったとしても、そんなのが相手ではと思いまして」


「なるほど、そういうことか」

「はい、すみません」

「よしわかった、そいつを捕まえよう」

「え? でも」

「なに、ちとそういうのを相手にしてみたくなったのだ。だからタダでいいし駄目で元々って事で、ひとつやらせてくれ」

「え、ええ。では」


 こうして浪人は茶店の用心棒になり、茶店だけでなく他の店も見て回るようにしました。




 しばらくしたある日のこと、浪人が茶店の奥から見張っていると一人の旅の坊さんが茶店にやって来ました。


「あーもし、団子をくだされ」

「はい、ただいま」

 店主が団子を出すとあっという間に平らげてしまいました。

「美味い、おかわり」

「は、はい」

 そういって何度もおかわりしました。


 浪人が今まで村人達から聞いた話では、食い逃げ野郎はたくさん食べてからいなくなるとの事なのでおそらくこの坊さんがそうだろうと思い、外へ出てそっと後ろから坊さんの肩を掴みました。

「よし、捕まえたぞ食い逃げ野郎め!」

「なんと、もうばれたか。しかし甘いわ」

 そう言うと坊さんはふっと消えたかと思うと、もうすでに遠くを走っていました。

 浪人はすぐに坊さんを後を追いかけましたが、追いつけず見失ってしまいました。


 茶店に戻った浪人は、

「見失ってしまった。拙者も足には自信があったので追いつければいいと思ってたが」

「いえ、しかたないですよ、あれは村で一番足が速い男が追っても追いつけませんでしたから」

「ああ、実はその話も聞いていた。なので追いつけなかった時の為にさっきあいつの服に針を刺しておいた」

「え、針?」

「そしてその針には糸を紡いであってな、ほれ」

 そういうと浪人は赤い糸を見せました。

「これは村の女たちがこしらえてくれたものだ。継ぎ足してかなり長くしてくれてあるから、これを辿れば奴の居所につくだろう」


 こうして浪人は糸を辿って行くことにしました。

 村人の中で腕に自信がある男達も何人かついて行くといい、一緒に行きました。


 そうして道を進んで辿って行くうちに森に入りました。

 森の奥まで行くと古ぼけた小屋があり、糸はその中へと伸びていました


「どうやらここのようだな」

「お侍様、どうします? 皆で一斉に行きますか?」

「いや、まず拙者が様子を見てくる、皆はここで待っててくれ」

 そうして浪人が窓から小屋の中を覗くと、そこにはお地蔵様が転がってました。

「おや、こんな所にお地蔵様が?」

 よく見るとお地蔵様の肩には針が刺さっていました。

「まさか?」

 浪人は小屋の中に入ってみました。

 やはりそれは浪人が食い逃げ野郎に刺した針で、糸も繋がっていました。

「おーい皆の衆、入ってきてくれー」

 そう言われて男達も小屋に入ってきました。


「どうやら食い逃げをしていたのは、このお地蔵様のようだな」

「でもなんでお地蔵様が?」

「村人にここにいることに気づいて欲しかったのか? でもそれだけなら他の手もあるだろうに」


「あやつらがワシの事を忘れてたからじゃ」

「うわあ!」

 お地蔵様がいきなり喋り出したので皆びっくりしました。


「あ、あのお地蔵様、忘れてたというのはいったい?」

 浪人はお地蔵様に聞きました。


「ワシはのう、以前村の子供達にここへ連れて来られたんじゃ」

「は?」


「子供達がイタズラでワシをここへ隠したんじゃ、まあ、どうせそのうち子供達かその親達が来てワシを元の場所へ戻すじゃろうと思うとったが、いつまで経っても誰も来んかった。そこでワシは魂だけ飛ばして村へ行ったんじゃ。そしたらワシがいた場所には別の地蔵が立っとるではないか」


「あ、そういえば昔、お地蔵様がなくなった事があったって話聞いたことあります」

「皆で探したけど見つからなかったので、代わりのお地蔵様を祀ったって話だったよな」

 そういえばそんな話があったと他の男達も言い出しました。


「まあ、村人達が見つけられんかったのはええわい。しかし隠した者共はワシの事を忘れてるのか普通に暮らしとったのでな、少し懲らしめてやろうと思うて食い逃げしてたのじゃ」

「あの、隠したのってまさか」

「村の茶店や他の店のせがれ共じゃ、今は店主になっとる」

「あの人達が? ですがこれだけやれば誰か一人くらいはバチが当たったとか気づきそうですけど?」

 そう浪人が言うと一人の男がおそるおそる言いました。


「あの、お地蔵様。それは違うかと思いますが」

「ん、なんじゃと? どういうことじゃ?」


「オラ達が聞いた話では、お地蔵様がいなくなったのは今から百年も前ですよ」

「なんと? もうそんなになるのか?」


「はい。ですから今の店主達はたぶん隠した人達のひ孫かそのまた子供で、当人達はもう亡くなってると思います」


「そうか。皆よう似とったもんじゃから、てっきり大人になったあの時のせがれ共かと思うとったわ」


「お地蔵様、今いる別のお地蔵様に話は聞かなかったんですか?」

「いや、あれの魂は今はどこかへ行ってるようでなあ」

「ああ、そうだったんですか」

「ともあれ今の店主達には悪いことをしたのう。すまんが皆の衆、店主達に謝りたいのでワシを村まで連れて行ってくれんか」


「はい、わかりました」

 こうして浪人と男達はお地蔵様を担いで村へ戻りました。




 そして店主達は話を聞いてあまりの理由に脱力した。

「すまんかったのう皆の衆、ワシが勘違いしたせいで」

「いえ、元はといえばうちらの先祖が」


「ああ、そうじゃ、今まで食うた分の銭を払わんとの、これ、浪人どの」

「はい?」

「ワシを刀で真っ二つにしてくれ」


「いきなり何とんでもない事言うんですかこのお地蔵様は!」


「いや、ワシの体の中に小判が入っとるんでそれで代金を、と思って」

「だからって真っ二つにせんでも、他に方法あるでしょ!」


「いやいや、どうせもうこの村には別の地蔵がおるしの。真っ二つにしてくれれば完全に魂が抜けてワシは霊界へ戻れるのじゃ、だから気にするでない」


「じゃあ最初からそう言ってください!」


 そうして浪人は念仏を唱えた後、お地蔵様を刀で真っ二つにしました。

 するとお地蔵様が言ったとおり体の中から小判がたくさん出てきて、浪人はそれを店主達に配りました。

 配り終えると真っ二つになったお地蔵様の体は砂のようになりサラサラと消えていきました。

 そして魂だけになったお地蔵様は


「ああ。浪人どの、あんたに礼をせねばならぬの。さ、これを持って行きなされ」

 そう言って浪人に数珠を渡しました。


「これが金色に光った所できっと仕官できるぞ」

「だから何でそんな回りくどいんですか!」


 こうしてお地蔵様は霊界に還っていきました。


 村人達はとにかく自分たちのせいで子孫が困らないようにしよう、それとよく物事を確かめてから行動しようという事の教訓としてこの話を語り継いでいきました。




 浪人にはこの先いろいろな訳の分からない出来事が待っています。

 はたして仕官が叶う時は来るのだろうか。それは後のお話で。

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