第96話

「教会の聖典に出てくる深淵の支配者達の名はボロス、ネロ、アングスタ、アヴァリータだ。フラウデムなど見た事もない」

――ヘルマの道化師は全てを惑わし歪ませる。時の流れではないわ。道化師自身の悪しき力によって人間達の記憶から消されたの。

「待ってくれ。ヘルマの者達は大王達の手によって異界へと去ったのだろう? 何故、その道化師の力が戦いの後にも及ぶ」

――彼は戦ってなどいない。彼はヘルマが生み出した異物。支配を望まない。終焉を望まない。彼が欲するのは惑いうろたえる者達。終わりのない混沌。そして歪みそのもの。彼は戦いの後に自らこのエンテラから去った。

「混沌を望む悪魔が何故、石を人間に与えた。結果として大王達は天界と魔界との戦をこの大陸から遠ざけた」

――それは道化師が新たな魔人をつくりだそうとした、その結果がもたらしたものにすぎないわ。

「イグナヴィア、聖典が記した魔人はフラウデムが生み出したものだと」

――ええ。イグナヴィアは異界の人間だった。それを道化師は魔人へと変えたの。

「何の為にそんな事をする。支配を望まぬ道化師が、何故そんなものを欲する」

――理を歪ませる為に。人は人に。精霊は精霊に。その理を歪ませ、人をヘルマの魔人へと変える。それ自体が道化師の望み。歪んだ快楽。

「大王達もそれに選ばれた人間というわけか」

――だけど彼らは完全な魔人にはなれなかった。いいえ、ならなかったのかもしれない。

「悪魔の企みを見抜いたのか」

――わからない。石を手にした誰もが魔人になれるわけではないの。その可能性を秘めた人間はたくさんいたはずよ、でも完全なる魔人化に成功したのはたった一人しかいないとされている。

「イグナヴィア」

――魔人イグナヴィアと違い、五人の王達は石の力に呑まれるのではなく、利用しようとした。

「それに成功して五大国を造り上げた」

――だけど、そのうち四つはやがて彼らの手から放れた。今も祀っているという石は恐らく偽物よ。

「四つ……。大王のうち四人はもう死んでいるからか」

――そう。

「何が起きた」

――わからない。

「四つの石が偽物だとしても本物が一つ残っている……」

――東のエジア大王国。

「不死王か……。まさか本当にそんな人間が存在するとはな。いや、人と呼ぶべきなのか……」

――東の人の王がどうやって石の力を御しているのか、それは私にもわからない。

「……狂王ヌエは石を手にしたが御するのに失敗した」

――でしょうね。彼は石の力に呑まれ正気を失っていた。石をかつての大王達ほどに利用できていたのならフリアの国々に勝ち目はなかったでしょうよ。……そして石は狂王を見放し、あなたを選んだ。

「何故俺を」

――わからない。

「わからない事だらけだな」

――そうよ。私達スティアは争いに巻き込まれ、そして戦いに敗れた惨めな精霊に過ぎないの。全てを知っているわけではないわ。

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