第87話

 村民達が集まったのを確認すると、一人の中年の男が皆の前に立ち、大きく口を開き言った。

「静粛に、皆の者、静粛に」

 男の野太い声が響くと騒いでいた周囲の村人達もしんと静まりかえる。

 そして彼らの視線は自然とフェスタ・アウラの石台の上へと向く。そこには腰を曲げ杖をつく老人がいた。ボウル村の村長だ。

「よいか、今宵の宴は精霊様をお迎えし、歓迎の意を示す為のものである。精霊様は陰気を嫌いなさるそうだ。どうか皆の者、気兼ねせず存分に楽しんでおくれ」

 静かだが力強く訴えるように村長は言う。

「そうは言ったってなぁ」

「今年の冬が越せても来年凶作だったらどうすんだ」

 大人達は相変わらずの調子のようだったのだが、それも素面の間の事だけだった。いざ事が始まり、お酒が振舞われだすと大人達も次第に先の不安をある種、無理矢理忘れ、子供達と同じようにこの村では珍しいこの盛大な宴を謳歌した。

 笛が吹かれ、太鼓が鳴り、人々が思い思いに歌う。

 石台の上では魔術師ボルマンによる炎の魔法を使った芸まで始まっていた。

 こんな夜は恐らく、ボウル村始まって以来、初の事だろう。この光景を見れば誰もが、ここが魔物の住むカラロス山の中腹だという事を忘れるに違いない。

「結局、精霊様ってのは何だったんだ。これじゃあただの祭りだろう」

「さぁな。まぁ、いいじゃねぇか。きっと何処かで精霊様も見てらっしゃるさ」

「こっそり混ざってたりしてな、がははは」

『精霊様を迎える』、その意味を村民の多くは今だ理解しきれていなかったが、酒の回りだした彼らがそんな事を気にするはずもない。

 夜の深まりと共に、宴もどんどんと盛り上がっていった。

 しばらくして、村長が一人の男をフェスタ・アウラの石台へ招いた。

 東黄人の若い男、だが村の人間ではない。理由あって最近この村を子供を連れながら訪れてきた男。

 レグスであった。

 彼はハープと呼ばれる弦楽器を手に、石台の上に用意された椅子へと腰掛ける。

「へぇ、あの若い兄ちゃんハープなんて弾けるのかい」

「アガタの婆さんが生きてた頃はよく聞かされたもんだが」

「どんな曲を弾いてくれるやら」

「確かパネピア人じゃないんだろ。どこの出身って言ってたかなぁ、やっぱ弾く曲も違うもんかね」

「俺も外からこの村に来た人間だからなぁ、ハープかぁ、故郷の曲に似てたら嬉しいねぇ」

 異国の人間がどんな曲を弾くのか、村の人々の関心が自然にレグスの方へと集中する。

――まったく面倒な事をさせてくれる。

 ハープの弦に指をかけながら、レグスはそんな事を思っていた。

『レグス、あなたなら弾けるでしょ』。

 ファバ、ボルマンと共に村へ戻ってきて、村長達とこの祭りの話になった時、セセリナが言った一言によって、半ば強制的にこの役目を負う事になったのだ。

 そしてこの役目は大任とも言えるものであった。何しろ、今からレグスが弾く曲の出来によっては、村のこの先の運命を大きく変えかねないのだから。 

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