2-9 ヒント
「熱心なのは分かるけどねえ……」
さっきから里佳の話を聴き続けていた店主は申し訳無さげに首を振った。
「ウチにゃあ置けないな。食べ物屋だよ? 墓石とか墓参りとかさ、勘弁してよ」
「ですよね。すみません」
里佳は愛想よくチラシを引っ込めた。
「まあでも、頑張ってるみたいだし一枚もらっとくよ。そういうヒトいたら渡しとっから。いないと思うけど」
油に塗れたテーブルに置いた一枚のチラシを残して、店主は封筒を里佳に返した。
昨日も今日もこんなやり取りを繰り返している。花山さんに太鼓判を押してもらったチラシならなんとかなると思っていた目論見は、もろくも崩れ去っていた。
「どこが悪いのかなあ」
ぼやく里佳のスマホに着信が入る。花山さんからだ。
「はい。はい。いえ、それがさっぱりで」
何度もぺこぺこと頭を下げる。花山さんは昨日も2件、話をまとめていた。それに比べて自分は。せっかくチラシまで直してもらったのにと思うと、営業が捗らない自分が無性に情けなかった。
「え、そうなんですか。わかりました。すぐに向かいます」
先日の喫茶店ニポポで待っているという花山さんに会いに、里佳は急いだ。
今日の喫茶ニポポは暇そうだ。客は花山さんひとりしかいない。
「遅くなりました」
テーブルに座るやいなや、出された水を飲み干した。
「あ、すみません」
花山さんの視線に気がつき恐縮する。
「いいのよ。水分摂る暇も無かったのね。少し休んで」
「あ、はい」
どうやら花山さんはお見通しらしい。
里佳の申し訳無さそうな現状報告を花山さんはウンウンとうなずきながら聞いた。どこに行って誰に何をどんなふうに話したか、里佳はメモも確認しながら事細かに報告する。間違っていることろがあったら指摘してもらいたい。そう思っていた。
「それで、どう」
話し終えた里佳に花山さんが静かに尋ねた。
「それが、さっぱりで」
花山さんは笑いをこらえるように手の甲で口元を抑えた。
思わず身を縮める里佳に、花山さんがゆっくりと声をかけた。
「私から、ひとつだけいいかしら」
「あ、はい。是非」
里佳が身を乗り出すとテーブルが揺れた。
「話はあなたが聞くものよ」
ピンと来なかった。何のことを言われているのだろう。
「田村さん、あなた、私の話を聞く前に誰かに相談しなかったの」
突然声をかけられて、それからチラシのことでアドバイスをもらって、ヒークンに頼んで作り直してもらって。
「相談というか、櫛田さんに」
思い出した。櫛田のおじさんに花山さんの話を聞いた。でも、相談というわけじゃなかったような。
「私が言ったのよ、櫛田さんに聞いてって」
「ああ、そう言えば」
そうだった。
「そうよね」
花山さんはにっこりと微笑むと、湯気の立つコーヒーを飲んだ。
「それはそうと田村さん、あなた、お飲み物、頼んでいないわよ」
「あ、はい」
頼んだアイスコーヒーが出てきても里佳はまだ考えあぐねていた。花山さんの質問の答が見えてこない。
「大変ねえ」
お盆を抱えたニポポのママさんがしんみりとした表情で何度も首を振った。
「あ、いえ。すみません」
里佳はようやくアイスコーヒーを口にした。
「……美味しい」
すっきりと爽やかな喉越しだった。
「でしょ、ウチのアイスコーヒーは水出しなのよ」
ママさんがくいっと鶴の形に手を曲げた。
「第三田村荘の……」
ママさんは第三田村荘の川上さんだ。この前来た時にその話をしていた。
「川上よ。それより、コーヒーの話聞いてよ。ウチはね、水出しなのよ、アイスコーヒー」
ニポポの川上さんの話に耳を傾けた里佳を見て、花山さんは優しく微笑んだ。
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