第34話 瞋恚

 上下左右から、変幻自在へんげんじざいに、二挺にちょう曲刃きょくじんが降り注いでくる。

 いや、そんな生ぬるいものではなく、殺意の溶け込んだ沛雨はいうだ。

 間断かんだんなく続けられる猛襲はさばくのがやっとで、気を抜けばそこで終わる。

 反撃に転じようにも、そのタイミングがまるで見つからない。

 流石に疲労したのか、不意にバーブの動きが半秒ほどとどこおった。


「――はぁっ!」


 そこで大きく踏み込み、力任せの袈裟斬けさぎりを放った。

 しかしかわされ、勢い余った私は軽くつんのめる――ような姿勢になる。

 わざと崩れてすきを作り、反撃を誘ってからのカウンター狙いだ。

 我ながら、戦闘中に捻り出したにしては悪くない作戦だったと思う。

 バーブの反応速度が予想を大幅に上回り、肉薄にくはくを許したのでなければ。


「甘いのぅ」

「ぅがっ、とぉあぁあっ!」


 顔面をくだきかけた斧を、籠手ガントレットでどうにか受け流す。

 老人の腹を押すように蹴って、強引に距離を作る。

 油断した――角度が深ければ、籠手を腕ごと斬り割られていた。

 一撃をもらった左手首には、しびれと鈍痛どんつうが走っている。

 ヒビが入っているかもしれないが、まだ剣を握れるので問題ない。


「嫁入り前とは思えん声を出す嬢ちゃんだ」

「そちらも、墓入り前とは思えぬ元気さで」

「ふんっ、減らず口を」

「口減らしされたじじいには――」


 丁度よかろう、と雑言ぞうごんを返すのはバーブの突進ではばまれる。

 自分に有利になるよう広げた間合いが、数瞬も経たず潰された。

 淡い月明かりと遠いランプの光でもわかる、憤怒ふんぬ形相ぎょうそう

 軽く煽るつもりが、かなりセンシティブな部分に触れたらしい。

 最前の猛攻に輪をかけた、雪崩なだれの如き怒涛どとうの連撃が始まった。


「くぁっ! つぃ、おっ――ふあっ」


 パターンの読めない刃を回避し、はじき、止める。

 危ういところで外した一閃いっせんに、前髪が十数本斬り散らされた。

 汗だくのバーブは呼吸が乱れ、息切れ寸前といった雰囲気。

 しかし、私の方は寸前というか息切れ状態で、しかも防戦一方だ。

 回転しながらの一撃を受け止めたはずみで、右足がズルッとすべる。

 そこを見逃さずに、二挺の斧が同時に打ち込まれた。


「くぁあっ!」

「こぉ――のぉ!」


 危うい所でガードが間に合い、二つの刃を長剣の大振りで跳ね返す。

 左手首の痛みが追加の衝撃で悪化した気配があるが、歯を食い縛って耐える。

 認めるのは腹立たしいが、技量では明らかにバーブの方が私より上だ。

 体力ではコチラが勝っているはずだが、消耗しょうもうが激しくて優位は怪しい。

 我慢比べではなく、確実に相手を戦闘不能にできる手段は、何か――


「げぅぎょっ、ぎょぁびぁっ!」


 思考を寸断してくる、汚らしい叫声。

 それから、何かが地面を叩く音が続いた。

 見れば、毛むくじゃらの太い腕が、地面を転がっている。

 ディスターがサルの腕を一本、ひじのあたりで斬り飛ばしたらしい。


「レゾナがおさっ、押されてる様子、だぞ……み、微細裂みじんぎり

「へぇ……閑寂猴しじまざると互角以上の勝負とはなぁ」


 呼吸の乱れを抑えて言えば、どこか他人事のような冷たさでバーブが応じる。

 戦闘を眺める視線に、レゾナを心配するような雰囲気は皆無だ。


「嬢ちゃんのツレだけどよ、ありゃ何なんだ? 亜人デミにしちゃあ、人に似すぎてるが」

「彼は、竜だ」

 

 私の言葉に、バーブは眉根まゆねを寄せて黙り込んだ。

 しばらくして意味を理解したらしいバーブは、苦笑を浮かべて確認してくる。


「竜って……あの竜、だってのか」

「ああ、その竜だ」


 間の抜けた会話だな、と思いつつも真顔で答えた。

 私の反応から、冗談ではないと判断したのか、バーブの皺が激増する。


「確かに、尋常じんじょうの動きじゃねぇが……」


 そう呟くバーブに釣られて見れば、ディスターの優勢で戦闘が続く。

 踊るような軽快さでサルの爪を回避し、斬りつけ、細かい傷を残す。

 やがて、ハルバードのスパイクが二度、サルを深く突き刺した。


「ぎぇっきききっ、ぎゅぅひぃいいぃっ!」


 右肩と左腿から血を散らし、サルは甲高かんだかい苦痛の声を響かせた。

 もう十分もあれば、ディスターは閑寂猴しじまざるを仕留めるだろう。

 問題は、それまで私がしのぎ切れるか、なのだが――


 おそらく無理だ。

 だけど、考えろ。

 もっと、考えろ。


 ディスターの存在が、バーブを戸惑わせている。

 そこを突破口に、より激しい動揺を誘えないか。

 妙案は浮かばないが、とりあえず話を続けて機を探る。


「自分のレゾナが危ういのに、随分と冷静だな」

「あぁ、アレは言ってみりゃ借り物でしかねぇからよ」


 そこで言葉を切ったバーブは、しばらく遠くを見てから続ける。


「ワシと共に世界を旅した相棒レゾナは、とうの昔に死んだわ」

「では、あの不明新生物アンとは共鳴を起こしていない、のか?」

「そういうワケでもないが……まぁ、嬢ちゃんには関係ねぇな」


 死人には説明の必要がない、とでも言いたいのか。

 冷たい物言いで対話を打ち切ると、二挺の斧を構え直して私を見据みすえるバーブ。

 その視線にも、声の調子に負けず劣らずの冷たさがあった。

 感情が激しても、すぐにフラットな状態に戻せるのは、敵ながら見事。

 自分の前にいるのが異名持ちだと、まざまざと思い知らせてくれる。


「本当に関係ないのか? コチラには『カリンの怪物』の起こした事件を解決する、という任務もあるのだが」

「怪物……怪物か」


 構わず話を続けると、老人の表情が大きくゆがむ。

 そこにどんな思いがあるのか、私には読み取れない。

 何気なにげなく臨戦態勢を解いたバーブは、静かに語り始める。

 

「その怪物を生み育てたなぁ、どこのどいつだ……なんて陳腐ちんぷなセリフは言いたくねぇがよ、この国がどっかおかしいのは、嬢ちゃんもわかるだろ?」

「それは、まぁ」

「村でヤブダマの話、聞いたろ? あの風習も大概だがな、今この国をおかしくしとる最大の原因、そいつぁ『社会の健全化』『公序良俗こうじょりょうぞくの回復』を主張する連中だ」

「普通に立派なスローガンではないか」


 私からの返事にかぶりを振り、バーブは小さな溜息を挟んで話を続ける。


「文字通りに解釈すんなら、そうかもな……だがなぁ、コレをかかげる連中がやってんのは、社会に有害だと決め付けた相手への攻撃だ。非合法組織の関係者とか、常習犯罪者が対象になるってのは、わかる……でもな、病人や老人や障害者を『不要者トラッシュ』と呼んで、生きる価値を認めないと断罪するなぁ、どうなんだっ、ああ!?」

「それ、は……」


 問われて反射的に口を開いたが、どう答えていいかわからない。

 思い付くまま喋っても嘘になる気がして、そのまま口を閉じる。

 応答がないと判断したのか、バーブはやや早口での話を続けた。


「過激な主張だしよ、世間にゃ反対意見も多い。だが、聞く耳持たずに不要者の排除を実践じっせんしてるのもいる。その代表が『護国義勇軍ごこくぎゆうぐん』を名乗ってるゴロツキだ。メンバーの殆どは、ヒマを持て余してる貴族や金持ちのドラ息子と、その取り巻き。活動資金はそいつらの実家や、思想に賛同した同類から出てる。仕事もしねぇで遊び歩いてたボンクラ共が、やっと見つけた仕事が弱い者イジメたぁ、笑えねぇ冗談がすぎらぁ!」


 バーブの形相は、何とも言えず凶悪なものに転じていた。


「あのゴミ共は揃いの覆面姿で、街や村を巡回すんだ。そんで『剪定せんていを実行する』とか言ってな、目を付けた相手を吊るし上げて不要者と認定し、追放を宣告したり人前で各種刑罰を執行したり……剪定だぞ? 完全に人だと思っちゃいねぇ」


 口調は病的な熱をび、斧を持つ手は細かく震えている。

 動揺させるのには成功したものの、どうも意図したのとは異なる状況だ。

 

「ぎゅえええぇぇ! ぐぁかっ――ぶぁえええええぇええっ!」


 閑寂猴しじまざるの、苦痛に満ちた叫びが耳に刺さる。

 もしや、ディスターとサルの勝負がついたのか。

 私の意識がそちらに向くと同時に、バーブが地面を蹴った。

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