第39話 雪色の彼女

 それは少し前の話。

 いくら父の仕事の為だったとはいえ慣れない土地に行かなきゃいけなかったからだろうか。

 札幌の冬は真っ白で、空から溢れる千の雪はいつもとても綺麗だと俺は思っていたんだけれど、母さんはどうやら違ったみたいで雪が積もるのと同じように我が家には溜め息が積もった。

 父さんと母さんの喧嘩の回数はどんどん増えて行った。でも言い合いをしている方がまだましなんだと後から気が付いた。


 いつの間にか話す二人を見なくなった。


 いくら暖房を強にしても暖まらない部屋の中。両親の終わりを知ったその日だけは眩しすぎる雪の白が嫌だった。

 ハッピーエンドに縁がないのかな。

 その時ふと初恋を思い出した。

 ガキの頃、言葉が足りなくて傷付けた女の子。後悔したんだ。


 だから性格を変えようと思った。どんどん喋るようにしたのは、言葉を操れるようになりたかったからと自分の弱さを隠せるようになりたかったから……。

 でも、ひたすらにそうしていたら男でも女でも俺が喋るとみんな笑うようになった。

 いつの間にか『お調子者』の『軽いやつ』だと言われるようになった。


 それでいい。

 それくらいがいい。

 彼女に謝りたいから、彼女を笑わせたいから……いつかきっと会えますように……そう願った。


 戻ってきたこの街。

 引っ越してきたその日、久しぶりに遠くから眺めた彼女の家。

 夏休み中だから家にいるかもしれない。

 もう何年も会っていないのにわかるだろうか。ジリジリと太陽が背中を押した。


『まだちょっと時間あるから店番代わるね。お昼食べてきたら?』


 そう言って彼女が店頭に出てきた時、面影残るその横顔と声に思わず顔が綻んだ。

 変わってない優しい空気。

 そして見た彼女の制服姿で、転入する学校に彼女がいると分かった。

 思わずガッツポーズをした俺がそこにいた。運命的だと、そう思わずにはいられなかったから。


 廊下ですれ違う度わざと声のボリュームをあげた。

 彼女が俺に気付いたらまず何から話そうかと、お調子者になったはずなのにドキドキして止まらなかった。


 何度も想像したのに彼女は気が付かない。

 何度も試したけれど俺の声に彼女が振り向くことはなかった。


 なぜなら彼女の視線を捕らえている相手が一人、ちゃんといたからだ。

 俺が彼女を目で追うように彼女の瞳はいつもあいつを追っていた。


 親の離婚と、失った初恋。


 泣いて悲しんだり怒って誰かに当たってみたり、それが出来たら楽だったかな。

 あの兄弟ほどじゃないけれど女の子に囲まれる今の俺は毎日変わらずニコニコ笑い、ベラベラ喋る。


 ――一人になりたい。


 そう思って開けた屋上のドア。

 暑い夏の放課後。

 強い西陽に照らされているのになぜかそこだけ涼しげで、彼女の肌はまるであの北国の雪のように白くて……綺麗だと思った。


『同じクラスの……西村?』


 俺の知ってる『女の子』は些細なことでもニコニコ笑う生き物なのにこいつは全く笑わない。

 教室にいても、ここにいても。

 いきなり隣に立つ俺に怒ったりもしない。無視したり嫌がったりもしない。

 なぜかわからないけど彼女の隣は不思議と居心地が良かった。


 そして気が付いた、彼女の見ている景色。

 彼女はグラウンドで走るあいつをいつも見ていた。バレないようにそっと遠くから。


 ――俺と似てる。


 そうか、居心地がいいのは俺たちが似た者同士だったからなのか。

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