罰ゲームの嘘告で幼馴染と縁を切った俺、放課後の図書室でだけ待っていた先輩に独占され始めた

本を書く社畜

第1話 笑われた告白と、待っていた席

「ねえ、蓮。放課後、ちょっと時間ある?」


高坂美咲に呼び止められたのは、放課後の教室だった。窓の外はまだ夏の名残の光で、黒板の前には帰り支度をするクラスメイトが何人か残っている。美咲は少しだけ頬を赤くして、俺の机の前に立った。


「私さ、蓮のこと、ずっと好きだったの。付き合ってほしいな」


一瞬、教室の空気が止まった気がした。美咲とは小さい頃から一緒で、隣の家で、同じ小学校で、同じ中学校で育ってきた。俺が彼女のことを意識し始めたのはいつからだろう。少なくとも、今日のこの言葉を聞いて、心臓が跳ねたのは本当だった。


「……俺も、美咲のことが」


言いかけたところで、笑い声が弾けた。


「はい、罰ゲーム終了ー!」


誰かがスマホを掲げた。画面には、真剣な顔の俺が映っている。美咲は笑いながら手を振った。


「ごめんごめん、蓮って本気にすると思わなかった」


教室の笑い声は、俺の耳には遠くで鳴っているように聞こえた。


◇


美咲とは、思い出せば思い出すほど、俺が動いていた。朝、重い荷物を持つのも俺。宿題が終わらないと言えば、夜にメッセージで教えるのも俺。文化祭の準備では、美咲の班の買い出しまで引き受けた。美咲は「蓮って頼りになるよね」と笑って、ありがとうを言ってくれた。その言葉が嬉しくて、俺は断ることを覚えなかった。


中学のとき、雨の日に傘を貸したこともある。美咲は「蓮って優しいね」と言って、その傘を翌日、当たり前のように返してきた。俺はそれを、特別なことだと思っていた。でも今にして思えば、美咲にとって俺は、いつでも呼べば来る存在だったのかもしれない。


今日の笑い声を聞いて、初めてはっきりした。美咲にとって、俺は好きな人ではなかった。困ったときに呼べば来る、便利な幼馴染だった。告白すら、クラスの笑い話の材料にできた。その事実が、胸の奥で冷たく広がった。


「……そっか。わかった」


俺はそれだけ言って、席を立った。美咲が「え、蓮?」と声をかけたが、振り返らなかった。振り返ったら、きっとまた「冗談だよ」と言われて、なかったことにされる気がしたから。


◇


廊下に出て、俺はスマホを開いた。美咲の連絡先を消す指先は、思ったより震えていなかった。グループも抜けた。画面に残ったのは、今日の時間割と、天気予報だけだった。


外に出ると、雨が降り始めていた。傘は持っていない。走って帰ることもできたが、今日は家に帰りたくなかった。家のベッドに倒れ込んだら、今日の笑い声が頭の中で繰り返されそうだった。


気がつくと、足は校舎の裏手、図書室へ向かっていた。放課後の図書室は静かで、誰も俺のことを笑わない。ただそれだけの理由で、俺は扉を開けた。濡れた靴の音が、静かな室内に小さく響いた。


◇


図書室は、紙と木の匂いがした。窓際の席には、いつも一人の先輩が座っている。桐生静先輩。三年生で、図書委員ではないのに、放課後はいつもここにいる。口数が少なく、挨拶をしても小さく頷くだけの人だった。


俺は一番奥の席に座ろうとした。すると、返却するつもりで持ってきた本の貸出カードが目に入った。カードの裏に、小さな字が書いてある。


『今日も来たね』


『この本、最後のページが好き』


字は丁寧で、少しだけ丸い。誰が書いたのか、考えるまでもなかった。静先輩は、俺が借りた本の記録を見ていたのだろうか。いや、違う。俺が図書室に来る日を、覚えていたのだろうか。


顔が熱くなった。今日、教室で笑われた俺を、誰かが待っていた。そんなことが、あるのだろうか。


「……ここ、座っていいよ」


振り向くと、静先輩が立っていた。手には、俺が先週返した本と同じ作者の本がある。


「雨、やむまで。ここにいていい」


先輩の声は小さくて、でもはっきりしていた。俺は頷いて、窓際の席に座った。外では雨が窓を叩いているのに、図書室の中だけ、時間がゆっくり流れていた。


「この本、どうだった?」


静先輩が、貸出カードを指で軽く叩いた。俺は少し考えて、「最後のページが、一番好きでした」と答えた。先輩はほんの少しだけ目を細めて、頷いた。その反応が、今日初めて、誰かにちゃんと聞いてもらえた気がした。


◇


「ねえ、五十嵐くん」


静先輩が、初めて俺の名前を呼んだ。苗字だけだったのに、心臓が跳ねた。


「明日も、ここに来る?」


俺は、今日初めて、誰かの言葉に素直に頷けた気がした。


「来ます。桐生先輩、明日も来ます」


静先輩は少しだけ目を細めて、頷いた。その横顔は、教室で見た誰の笑顔とも違っていた。作り笑いでも、からかう笑いでもない。ただ、ここにいることを許してくれるような顔だった。


そのとき、スマホが震えた。画面には、美咲の名前がある。『ごめん、今日のは本気じゃなかったわけじゃ……』と、通知の冒頭だけが見えた。俺はメッセージを開かなかった。スマホを伏せて、図書室の時計を見た。


雨はまだやまない。でも、今日の帰り道は、もう一人ではなかった。

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