第七章 手の覚え
十日目。
靴は、三つ目の排水口の手前にある。
朝、荷車が通る。
昼、荷車が通る。
夕、荷車が通る。
ラリオは、靴のわきを走り抜ける。
顔を向けない。
男は、道の陰から見ている。
見て、帰る。
*
二十日目。
男が賭場に行かない日が、三日続いた。
賭けなかったのではない。
賭けるほどの粒が、なかった。
朝と夕に道へ行き、靴を見て、帰る。
それだけで一日が終わる日が、はじめてあった。
*
二十二日目。
夕方、道に靴がなかった。
男は、道の両端を探した。瓦の下を見た。排水口の中をのぞいた。なかった。
菓子屋の裏へ行った。拾い屋が、袋の口を縛っているところだった。
「あの靴、どこだ」
「売ったよ。今朝」
「あんた、落としもんじゃねえって言ってただろ」
「言ったよ」拾い屋は、袋の口を縛り終えた。「三日、食ってねえんだ」
「……どこへ売った」
「賭場の隅。片方じゃ値がつかん。三粒だ」
男は、走った。
買った男は、底の革を剥がして、草履の裏に貼るつもりだと言った。
「返してくれ」
「三粒だぞ」
男は、持っていた粒を全部出した。二粒だった。
「一粒足りねえ」
「明日、持ってくる」
「明日って言うやつは、持ってこねえんだよ」
男は、上着を脱いで台に置いた。
上着を賭けて裸になったことは、前にもある。
今度は、賭けではなかった。
道に戻ったのは、夜だった。
つま先の向きを合わせる。土を払う。道の内側へ、半歩。
その日から、靴は一日に三度、見に行くものになった。
*
三十日目。
白い髭の老人が、道の端に立っていた。
新聞の切れはしを抱えたまま、排水口の手前を見ていた。
靴を見ていたのか、道を見ていたのかは、分からない。
男は、瓦の陰から動かなかった。
出ていけば、聞かれる。
聞かれれば、答えることになる。
老人は、しばらく立って、それから帰った。
靴には、触らなかった。
*
三十八日目。
風が強い日だった。
靴が、また転がった。
男が戻した。
その手つきは、はじめの日より早くなっていた。
つま先の向き。土を払う。半歩。
手が、覚えていた。
*
その道は、朝と昼と夕に通る。
ラリオは、道を覚えていない。足が覚えている。
うろこ堂の裏手を出て、排水口を三つまたぐ。三つ目の格子は目が粗い。そこで歩幅が一つ短くなる。
近ごろ、そのあとに、もうひとつある。
なにか、ある。
道の上に、革のかたまりが置いてある。だれの荷物かは、書いていない。
宛名のない荷物は、運べない。
ラリオは、走り抜ける。
からから、からから。
角を曲がると、もう忘れている。
忘れているのに、足は、次の日も同じところで短くなった。
*
四十日目。
朝。
からから、からから。
ラリオが来る。
排水口を三つまたぐ。
歩幅が一つ短くなる。
靴のわきを、走り抜けた。
顔を向けなかった。
にこにこしたまま、角を曲がって、消えた。
男は、瓦の陰に座った。
四十日。
百二十回、その道を通った。
一度も、向かなかった。
それでも彼は、明日も来る。
同じ朝、南の賭場で、男が三粒を手に戻していた。
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