君とつくる世界 −魂の輪廻の先に−
あわわ和彦
第1話 民間学童
午後三時を過ぎると、玄関の戸が次々と開いた。
「ただいまー!」
「おかえり」
玲司は、自分の机から顔を上げて、子どもたちに声を掛けた。
ランドセルを放り出す子。
手を洗って、まっすぐおやつの予定表を見に行く子。
学校であったことを話し始める子。
何も言わず、ソファへ座る子。
みんな違う。
玲司は、それでいいと思っている。
民間学童を始めて七年になる。
小学校教員を早期退職したのは四十五歳のときだった。
最初に来た子どもは四人。
今では毎日二十人ほどが出入りする。
「先生、お茶こぼした!」
声の方を見ると、低学年の男の子がテーブルの前で固まっていた。
麦茶が床まで流れている。
玲司は立ち上がった。
「どうしようか?」
男の子は床を見る。
「……拭く」
「何で拭く?」
「雑巾」
「どこだっけ」
男の子は一瞬考えて、流し台へ走った。
近くにいた女の子も立ち上がる。
「私、机拭く」
「じゃあ俺、椅子どける」
別の子まで加わった。
「あとは大丈夫そう?」
「大丈夫!」
数分後には、何事もなかったように子どもたちは宿題に戻っていた。
玲司も戻る。
叱らなくてもいいことは、思っているより多い。
四時。
今日のおやつはホットケーキだった。
「やりたい人?」
「はい!」
何人も手が上がる。
「どうする?」
「三人ずつ!」
「焼く人と混ぜる人、分けよう」
「小さい子からやらせようよ」
ホットプレートの近くにはスタッフがつく。
火傷しないようにだけ気をつける。
形の悪いホットケーキもできた。
「何これ!」
「北海道!」
「どこがだよ!」
笑い声が広がった。
そこへ近所の女性が袋を抱えて入ってきた。
「玲司さん、これ。畑で採れたから」
「ありがとうございます」
袋の中にはサツマイモが入っていた。
子どもたちが集まってくる。
「焼き芋できる?」
「できるんじゃない?」
玲司が答える。
「じゃあ今度やろう!」
「どうやって焼く?」
「調べる!」
この場所には、学童を利用している子どもだけが来るわけではない。
一度家へ帰った近所の子が遊びに来てもいいことになっている。
中学生や高校生も来る。
「先生、数学分かんない」
中学生がプリントを持ってきた。
「あそこの高校生に聞いてみたら?」
高校生が笑う。
「いいよ。どこ?」
午後八時。
最後の子どもを見送って、玲司は戸締まりをした。
家へ帰ると、琴美が夕食を温めていた。
「おかえり」
「ただいま」
玲司は椅子へ座った。
「今日、サツマイモもらった」
「いいね」
「今度、子どもたちが焼き芋やるって」
「楽しそうね」
琴美が笑った。
少しして、玲司は箸を止めた。
「なあ」
「ん?」
「いつも済まないな」
琴美は何のことか分かっているようだった。
学童の利用料は低く抑えている。
家庭の事情で、子どもが安心できる場所を選べなくなることを、玲司はできるだけ避けたかった。
その分、収入は少ない。
家計を支えているのは、今も小学校教員として働く琴美の給与だ。
「理想を実現するのって、難しいね」
琴美が言った。
「うん」
「でも、私は応援してるよ」
玲司は琴美を見る。
「無理してない?」
「大変じゃないとは言わないけど」
琴美は笑った。
「でも、私が嫌なら嫌って言うから」
「そっか」
「うん」
食後。
玲司は窓際の鉢植えに水をやった。
セージ。
強い香りがふっと立つ。
なぜか昔から好きだった。
理由は分からない。
その夜、玲司は夢を見た。
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