第四節 効いた雪
「熱が下がった!」
社の軒下で、母親が子供を抱きしめていた。
「喉は? まだ痛いかい?」
子供が首を振る。
「祈祷師様のおかげだ……」
周囲からも歓声が上がった。
禄風は懐中時計を見た。
雪乞いから、まだ一刻ほどしか経っていない。
それなのに、寝込んでいた病人たちが起き上がり始めていた。
「祈祷師様は大丈夫なのか?」
古参社員に尋ねる。
「雪を降らせた後は、毎度一日寝込むらしい。今回は随分きつかったそうだ」
禄風は時刻を書き留めた。
*
昼過ぎには雪がやんだ。
村へ戻ると、測鎖を落とした社員まで元気になっていた。
「もう咳は?」
「すっかり止まったよ。明日から働けそうだ」
その時だった。
「誰か! 医者を呼んでくれ!」
坂の上から男が駆け下りてきた。
「親父が倒れた!」
ちょうど通りかかったアサヲが足を止める。
「どちらですか?」
「こっちだ!」
藤丸と禄風も後を追った。
*
男は畳の上で胸を押さえていた。
荒い呼吸のたび、身体が震える。
「雪が降ってから熱は下がったんです。喉も治ったって……」
傍らの娘が訴えた。
アサヲは男の手首を取った。
指先をずらし、もう一度確かめる。
「……脈が乱れています」
男が突然、身体を反らした。
「藤丸、支えてください!」
藤丸が背中を支えた。
男は必死に息を吸おうとしたが、声も出ない。
伸ばしかけた手が畳に落ちた。
「お父さん?」
アサヲが胸元へ耳を当てる。
すぐに蘇生を試みた。
だが、男は戻らなかった。
「……申し訳ありません」
娘は父親の肩を揺すっていた。
「さっきまで、よくなったって……」
禄風は戸口から、その様子を見ていた。
*
夕方には、胸の苦しさを訴える病人が増え始めた。
「もう一度舞ってもらえないのか!」
「無茶を言うな。祈祷師様も起き上がれないんだぞ!」
社では怒号が飛び交っていた。
アサヲは藤丸と村の家々を回っていた。禄風も病人を運ぶのを手伝った。
「胸は苦しくありませんか?」
「いいえ。もう大丈夫です」
「いつから寝込んでいました?」
「三日前からです」
次の家では、若い男が胸を押さえていた。
「苦しくなったのは?」
「昼過ぎからです。熱も喉もよくなったのに……」
「熱が出たのは、いつですか?」
「一週間ほど前です」
「喉が痛くなったのは?」
「その少し前だったと思います」
脈を取るアサヲの指が止まった。
「藤丸。この方は、しばらく起き上がらせないでください」
「分かった」
*
日が暮れた。
最後の患者を診終えたアサヲに、藤丸が手桶を差し出した。
「何か分かったか?」
「……まだです。亡くなった方の家へ戻って、発病からの経過を確かめます」
「雪乞いは失敗だったのか?」
「いいえ」
アサヲは濡れた手を拭った。
「雪は効いているのに、助かっていないんです」
藤丸は何も言わなかった。
二人が夜道を歩いていく。
禄風は懐中時計をしまい、その後を追った。
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