05 お前が欲しい!
「できたぞ、ヨゼフ!」
「うん。できてる」
「見たか!?」
「見てたよ。魔法陣も鳥も、綺麗じゃん。お前、うまいな」
「うまい?」
聞き取れた単語に、鳥からヨゼフへ視線移す。
「うまい。上手。魔術」
ヨゼフがそう繰り返しながら、片手に握った木の棒で俺が描いた陣を差して、それから反対の手で親指を立てるような仕草をした。
多分、それは褒め言葉だ。全部の意味は分からなくても、それくらいは分かった。
ぶわりと頬が紅潮するのが分かる。久しぶりに魔術を褒められて、高揚する。
思わず、母国の言葉が口をついて出た。
『俺は魔術が得意なんだ!』
「ちゃんと笑えんじゃんお前」
何を言われたか分からない。
構わず胸を張った。
ヨゼフも、俺の言っていることは分からないはずだ。それなのにまるで理解してるみたいに少し笑ってから、もう一度頭上を見上げ、楽しそうに俺の出した鳥を見ていた。
「……俺、すごい?」
「うん」
「本当に?」
「本当」
「もう一度!」
「は?」
「もう一度、言え!」
「なんでだよ」
「すごい!」
自分を指差す。
俺の勢いに釣られたようにヨゼフの視線が俺に向けられる。
「俺!」
それからヨゼフを指差す。
「言う!」
「……すごい」
「もう一度!」
「しつけえ」
意味は分からない。
だがヨゼフの顔を見る限り、あまり良い言葉ではなさそうだ。眉間の皺がすごい。
それでも、笑みが込み上げた。
さっきまであれほど帰りたかったのに、今はもう少しだけここにいてもいい気がした。
「ヨゼフ!」
「何」
「ヨゼフ!」
「だから何だよ」
「ヨゼフ!」
「名前呼びたいだけだろお前」
よく分からない。でもヨゼフが俺を見ている。
それが嬉しかった。
俺はもう一度、覚えたばかりの名前を呼んだ。
「ヨゼフ!」
今度は、ヨゼフが盛大にため息をついた。
呆れたように俺を見ていたのに、ヨゼフはもう帰ろうとしなかった。
◇
「バルトロメイ!」
「何」
「バルトロメイ!」
「だから何だよ」
「今日こそお前の将来を俺がいただく! お前が欲しい!!」
「断ってんだろ! しつけえんだよぉ、お前はよぉ!」
青みがかった銀髪を片手で掻き混ぜてバルトロメイが叫ぶ。昼時の食堂は学生たちで賑わっていて、俺たちはその一角の卓を挟んで向かい合っていた。今日も元気で大変良い。
ルーカス・バルトロメイ。魔術実践科所属の十八歳。
彼は、俺が我が国へ連れ帰ろうと口説き続けている、極めて優秀な魔術研究者候補だ。
ヨゼフと初めて出会った合同授業で、最も早く美しく術式を完成させていたのが今俺相手に大声を上げている男だ。あの授業に限らず、魔術と名の付くものに対するこの男の嗅覚は凄まじい。
ここ三ヶ月程ほぼ毎日のように誘い続けているが、状況は芳しくない。
俺は十九歳の誕生日に国元へ帰ることになっている。それまでに、バルトロメイだけは研究者として必ず口説き落としたい。この男ほど優秀な学生を俺は見たことがない。我が国の遅れた魔術研究を、一気に前へ進める人材になり得る。
当然、声を掛けているのは俺だけではない。皆、この素晴らしい男を青田買いしたいのだ。本人は誰の誘いにも乗り気ではないが、いつ誰に取られるか分かったものではない。
だから最近の俺は、専らバルトロメイへの勧誘に時間を割いていた。
その分、それまで同じくらい、いや、それ以上に執拗に続けていたヨゼフへの勧誘と求愛の頻度も落ちていた。
『お前、最近なんで俺んとこあんま来ねえの。俺のこと好きなんじゃねえのかよ』
『世界で一番大好きだが?』
『………っ、そ、……そ、んなんで誤魔化されねえからな!?』
……たぶんヨゼフは寂しがってくれたのだろう。
何せ八年だ。何度拒まれても俺はヨゼフを追いかけ続けてきた。
『ヨゼフ! 今日こそ頷いてもらう!! 卒業後は俺の国に来い!』
『行かねえっつってんだろ!!』
何度も誘いをかけ、好きだと伝え、会えばまとわりついていた。
望んでいたかどうかはともかく、ヨゼフにとっても最早それが日常の一部になっていたのだろう。急に頻度が落ちれば、面白くない気持ちにもなる。
きっと、それだけだったのだ。
それなのに昨日の俺は、ヨゼフに呼び止められて、そのまま部屋に連れ込まれて、話しているうちに嫉妬しているようなことを言われて、嬉しくなってしまった。
『アレクセイ、俺のじゃねえのかよ』なんて不機嫌そうに言われ、口付けまでされて、一人でその気になった。
とうとう両思いになれたのだと、ヨゼフの声や表情、言葉や態度から確信したのだ。
その確信という名の勘違いのせいで、あんなことになった。主に尻の被害が酷い。
それに、身体中にヨゼフの噛み跡があって、それもまだ治らない。隠すために、今日は喉元まできっちりと留めた服を着る羽目にまでなっている。国に居た頃は基本的に露出の多い服装だったし、こちらに来てからも制服のボタンだって半分ほど外して過ごしていた。だから慣れなくて、少し動きにくい。
数時間経った今も、ふとした拍子に体の中を行き来する熱を思い出して、きゅう、とあらぬところが収縮する。妙な癖がついてしまった。
俺の名を呼ぶかすれた声を思い出した時が特に酷い。あさましい。早く忘れたい。否、忘れたくない。もう自分でも分からない。
「シェレメーチェフ?」
「……ああ、すまん。どうすればお前を我が国の研究者として勧誘出来るのかと悩んでしまってな……」
バルトロメイの声に我に返る。いかん。集中せねば。バルトロメイの口説き落としは片手間で出来ることではない。
きゅっと唇を引き結び気合を入れ直すと、何故か目の前の男が瞠目した。
「研究者?」
「ん?」
「……魔術師として勧誘してたんじゃなくて?」
「……何を言っている? 俺が何故お前を魔術師として勧誘する? お前は魔術理論の研究がしたいのだろう? 魔術師として魔術を行使する技術ももちろん素晴らしい。だがお前が本領を発揮するのは研究分野だ。魔術体系理論へのその飽くなき熱意と精神、そして分析力、失敗をあらたな着眼点へ変える柔軟性、どれをとってもこの学園でお前に敵うものはいるまい」
「なんでそう思うの。俺研究科じゃなくて実践科所属だけど」
「お前の論文は全て読んでいる」
「……は? 全部?」
先ほどまで首の裏に片手をあてて煩わしそうに俺から視線を逸らしていたのに、今は何故かこちらを凝視していた。
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