04 ヨゼフ

驚いて顔を上げると、黒髪の男の子が少し離れたところに立ってこっちを見ていた。


白い肌に、金色の目。少し吊り上がった大きな瞳とつんと尖った筋の通った鼻が、何だか猫を思わせた。

魔術科の制服を着ている。さっき授業にいた。確か、二番目に術式を成功させていた。水で出来た虎を出した子だ。



「……」



何か言おうとしたが、上手く言葉が出てこない。国の言葉なら言えるのに、こちらの言葉だと分からない。


泣いていたところを見られた。言いようもない恥ずかしさと悔しさが込み上げて、唇を噛みしめる。

少年は俺の顔をじっと見た。



「泣いてんの?」



分かる。


泣く。

たぶん、その言葉だ。



「……泣く、しない」



とっさに覚えている言葉を繋げた。

少年は少し黙った。



「泣いてんじゃん」

「……泣く、しない!」

「いや泣いてるだろ」



何を言われているのか全部は分からない。でも否定されていることだけは分かった。

腹が立って袖で顔を拭う。


少年は何故かため息をついた。



「言葉、分かんねえ?」

「……ことば」

「これ」



自分の口を指差してから何か喋って、首を傾げた。

ようやく意味を理解して頷く。



「すこし」

「あー……」



少年は困った顔をした。俺だって困っている。

彼は自分の胸を指差した。



「ヨゼフ」

「……ヨゼフ」

「そう」



ヨゼフ。

名前らしい。


今度は俺を指差してきた。



「お前は?」

「アレクセイ」

「あれ……?」

「アレクセイ」

「アレクセイ」

「そうだ!」



通じた。

それだけで少し嬉しくなって、思わず身を乗り出した。



「アレクセイ!」

「何回言うんだよ」



何を言われたか分からない。

笑われた気がして、むっとする。



「アレクセイ!」

「分かったって」



ヨゼフはまた何か言いながら、持っていた鞄を漁った。

取り出したのは、紙に包まれた小さな菓子だった。よく分からないけど、甘い匂いがする。



「これ、食う?」



食う。

それは知っている。多分、俺に食べるかどうか聞いている。



「俺に?」



自分を指差す。



「うん」



ヨゼフが頷く。

受け取っていいらしい。



「……ありがとう」



覚えている言葉で礼を言って、包みを開いた。

一口かじる。


少し香辛料の匂いがする。故郷の菓子とは全然違う。

でも、おいしい。



「おいしい!」

「そりゃよかった」



ヨゼフが何か言った。

意味は分からなかったけれど、たぶん悪いことではない。


俺がもう一口食べると、ヨゼフは満足したのか、その場を離れようとした。



「待て!」



思わず袖を掴む。



「ッうわ、……っ、びびった。なんだよ」

「待て、ヨゼフ!」

「名前だけは完璧だな……」



行ってほしくなかった。

でも、それをどう言えばいいか分からない。


必死に知っている言葉を探していると、ヨゼフの視線が俺の手元に落ちた。


さっきまで握っていた紙片だった。

授業で使った魔法陣の控え。



「これ、さっきの?」

「……?」



ヨゼフが紙を指差す。

それから、地面に落ちていた小枝を拾った。



「魔術。さっき」



魔術。

それは分かる。


俺は頷いた。



「そう! 魔術!」



ヨゼフはその場にしゃがみ込み、小枝の先を地面へ走らせた。俺も石段から降り、すぐ隣に膝をついて覗き込む。

丸を描いて、その中に別の印を描く。さっき授業で失敗した魔法陣と、似たような形だった。


速い。それに、綺麗だった。



「……すごい」



思わず呟く。

ヨゼフは顔を上げた。



「ん?」

「ヨゼフ、すごい!」



今度は伝わったらしい。

少しだけ得意そうな顔をした。



「まあな」



意味は分からないが、たぶん威張っている。

こいつ、俺と似ているかもしれない。きっと、魔術が好きで、誇りに思ってる。


ヨゼフは地面の魔法陣を指差し、それから俺の紙を示した。



「ここ」

「ここ」

「逆」

「……ぎゃく?」



ゆっくりと、身振りを交えながら言われた。「ここ」と枝の先で示しながら、「こう」と手で円を描く仕草をする。

何を言っているのか、半分くらいしか分からなかったけど、多分、さっきの魔法陣の話をしているんだと分かった。


自分でも枝を拾って、隣に別の陣を描いてみせた。さっきの、失敗したやつ。どこが違うのか、自分でも分からなかったから。


ヨゼフはそれをじっと見て、それから俺が描いた陣の一部を指差した。



「ここ、逆」



そう言って、自分の描いた陣と見比べさせる。ああ、と俺は思わず声を上げた。逆だ。本当だ、これは向きが逆になっている。



「あ!」



分かった。



「ここ! 逆!」

「そう」

「そうか!」



たどたどしい言葉で、それでも伝わったのか、ヨゼフが軽く頷いた。


術式を繋げ、最後に指先から魔力を流す。

淡い光が円の上を走った。


水で出来た尾の長い鳥が数匹円から飛び出て、そのまま俺たちの頭上をくるくると飛び回る。



「できた!」



声が、少し震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る