赤、白、透明という「色」の表現が鮮やかな連作短歌です。
赤い色の曼珠沙華は、その赤さを自ら振りまいているのではありません。透明で熱い太陽の光(火)にただ静かに焼かれています(私は宮沢賢治の詩「恋と病熱」の「透明薔薇の火に燃される」という表現を想起しました)。
そのかわり、曼珠沙華は「血」を鱗茎から分けて、その血を振りまく。その血のにおいも透明です。しかし、その血が、夜につぶしてしまった秋の蚊、そのつぶれた痕に残った(たぶん、かすかな)血のいろへとつながります。秋の夜に死んだ虫から、白昼に見た曼珠沙華へと思いがリフレインします。
色の対比とともに、「静」に寄った動静の表現、それと対照的に高くざわめく心の表現も印象的です。
また、「句跨がり」も効果的に使われていて:
「青白い/炎より熱い火は/透明かも/しれなくて曼珠/沙華を焼く」←(意味で切ると)「青白い炎より/熱い火は/透明かもしれなくて/曼珠沙華を焼く」
「風前の/灯火 誘蛾/灯の虫 /重ねたとしても/死なぬ吾だよ」←「風前の灯火 /誘蛾灯の虫 /重ねたとしても/死なぬ吾だよ」
は「句跨がり」が生み出す不安定感、「先が見えない」感が短歌の印象に効いています。
最後の「白い陽が翳って風の吹くさなか 文庫本のやわらかな白」は、最初と最後が「白」でくくられ、白昼の強い日射しで始まった短歌が、同じ「白」ながら「やわらかな白」に着地することで、読んだ私はほっとしました。