第6話
クラリスの裏切り劇から数日が経過した。
ヘルメス伯爵家は公爵家の徹底的な報復により瞬く間に潰され、城内の使用人たちの身元調査も厳重に行われた。
一方で、事件を未然に防ぎ、エリザベート様を身を挺して守った俺の評価は、ヴァルハイト公爵家内で「若き英雄」レベルまで跳ね上がっていた。
「アルス、手の傷は痛まないか?」
公爵城の談話室にて。
ソファに座るエリザベート様が、俺の右手を両手で包み込みながら、心配そうに覗き込んできた。
クラリスを庇った際、飛散した氷の欠片で少しだけ擦り傷を作ってしまったのだ。すでに治療魔法で完治しているのだが、彼女は未だにこうして甲斐甲斐しく手当て(の真似事)をしたがる。
「ええ、もう何ともありませんよ、エリザベート様。包帯も外して問題ないくらいです」
「だめよ。あと三日は私がこうして温めてあげるわ。……アルスは自分を粗末にしすぎるもの」
エリザベート様はぷくっと頬を膨らませると、俺の手を自分の両頬で挟み込んだ。
彼女の肌の温もりと柔らかさがダイレクトに伝わってきて、俺のほうが思わず赤面しそうになる。
(うぐぐ……可愛い。見た目は完全に大天使だ。……言動の重さを除けば)
俺は咳払いを一つして、本日の魔法実技レッスンの準備に取りかかった。
「さて、エリザベート様。本日は新しい魔法の訓練に入ります」
「魔法の訓練……? また公爵家の家庭教師が来るの? 嫌よ、あの人たちの教え方は威張っていてつまらないわ」
「いいえ、本日は私と一対一で行います。公爵閣下からも許可は得ております」
エリザベート様の顔が、パッと花が咲いたように明るくなった。
「本当!? アルスと二人きりなのね!」
「ええ。ただし、今日教えるのは、公爵家が普段教えているような『広範囲攻撃魔法』や『殺戮魔術』ではありません。——『身を守るための魔法』です」
俺は机の上に、二つの練習用ターゲット(藁人形)を並べた。
ヴァルハイト公爵家の教育は、常に「いかに敵を完膚なきまでに破壊するか」に偏重している。そのため、原作のエリザベート様は攻撃力だけが突出し、防御や魔力制御の繊細さを欠いていた。それが魔力暴走の一因でもあったのだ。
「まずはお手本を見せますね。『結界術(プロテクション)』です」
俺は短く詠唱し、小さな光の膜を目の前に展開した。
前世の知識とこの半年間の血の滲むような努力により、俺自身もそこそこの魔法を使えるようになっていた。
「この魔法は、攻撃を防ぐだけでなく、周囲の魔力の衝撃を和らげ、自分と……大切な人を守るための魔法です」
「大切な人を……守る魔法……」
エリザベート様はその言葉を反芻するように呟き、じっと俺の作った光の結界を見つめた。
「公爵家の教えでは『攻撃こそ最大の防御』と教わったでしょう。ですが、強い攻撃力だけでは、本当に守りたいものを壊してしまうことがあります。だからこそ、エリザベート様にはこの『優しさの魔法』を覚えていただきたいのです」
俺がそう言って微笑むと、エリザベート様は力強く頷いた。
「分かったわ! 私、絶対に覚える! それを覚えれば……私がアルスを守ってあげられるものね!」
「……え?」
「だって、アルスは私を守るために傷ついたでしょう? これからは私が、この魔法でアルスを誰からの攻撃からも完璧に守ってみせるわ!」
意気揚々と両手を掲げるエリザベート様。
意図が半分くらいズレて伝わっている気がしたが、「誰かを守るために力を使う」という発想自体は更生への大きな第一歩だ。俺は「筋は悪くない」と自分を納得させることにした。
それからの訓練は、驚くべきスピードで進んだ。
さすがは原作のラストボス。本来なら何ヶ月もかけて習得する難度の高い結界術を、エリザベート様はわずか数時間で完璧にマスターしてみせたのだ。
それも、ただの結界ではない。
「……アルス、見てて!」
エリザベート様が小さな手をかざすと、俺の周囲に透き通るような美しい氷の結界が展開された。
外面は鋼鉄以上の硬度を誇りながら、内面はまったく寒さを感じさせない、完璧に温度調整された「絶対防御の空間」だ。
「どうかしら!? これなら、どんな攻撃からもアルスを守れるわ!」
「す、素晴らしいです……! 完璧な魔力制御ですよ、エリザベート様!」
俺が心から感嘆の声を上げて褒めちぎると、彼女は誇らしげに胸を張り、てけてけと歩寄ってきて俺の服を引っ張った。
「褒めてくれたから……なでなで、して?」
「はいはい、よく出来ました」
頭を優しく撫でてやると、エリザベート様はうっとりと目を細め、俺の腰にしがみついてきた。
その頭を撫でながら、俺はふと結界の構造に目がいった。
(……ん? 待てよ?)
俺は前世のゲーマーとしての洞察力で、彼女が展開した結界の魔法陣を分析した。
一般的な『結界術』は、外からの攻撃を防ぐためのものだ。
しかし、エリザベート様が作ったこの結界……外からの攻撃を防ぐだけでなく、内側からの脱出を完全に遮断する構造が組み込まれていないか?
例えるなら、一度閉じ込められたら、内側からは絶対に破壊できない「鳥籠」のような仕様だ。
「あの……エリザベート様? この結界、なんだか内側からの強度が異常に高いような……?」
俺が冷や汗をかきながら尋ねると、エリザベート様は俺の胸に顔をうずめたまま、くすくすと可愛らしく囁いた。
「だって……アルスがどこか遠くへ行こうとしたら、困るもの。この結界の中なら、アルスは安全だし、ずっと私と一緒にいられるでしょう?」
「〜〜〜〜ッ!?」
背筋に激痛のような悪寒が走る。
守るための魔法。
大切な人を誰にも奪われないための魔法。
俺が教えた「優しさの魔法」は、彼女の類稀なる才能と過剰な執着心によって、早くも「捕獲・監禁用結界」へと進化を遂げていたのだった。
「アルス? どうかしたの? 顔色が悪いわよ?」
「い、いえ……! なんでもありません! エリザベート様は、本当に天才ですね……(白目)」
更生計画は、順調に成果を上げている。
そう、間違いなく成果は上がっているのだ。ただ、進んでいる方向が「世界平和」を通り越して「アルス個人の貞操と自由の危機」に向かって爆走しているだけで。
幼きラスボスとの、勘違いと過保護に満ちた日常は、こうして拍車をかけて加速していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます