破滅確定の【最恐幼少期ラスボス】を更生させようとしたら、俺専用のヤンデレ魔王(※ただし見た目は幼女)が爆誕してしまいました
平山和人
第1話
人生というものは、どこで狂うかわからない。
たとえば、深夜のコンビニ帰りに横断歩道を渡っていたら、突っ込んできたトラックにはねられて命を落とすとか。
たとえば、目を覚ましたら、生前に死ぬほどやり込んだドS系ハードモードエロゲ『グラン・レガリア』の世界に、序盤の噛ませ犬モブ貴族として転生していたとか。
「……まじかよ」
鏡に映る自分の姿を凝視しながら、俺——アルス・ローゼンバーグは、絞り出すような声を漏らした。
映っているのは、艶のない黒髪に、どこか頼りない目元をした十歳ばかりの少年だ。服装は仕立ての良い貴族服だが、刺繍の悪さや生地の質からして、大貴族のそれではない。下級貴族、ローゼンバーグ男爵家の長男。
それが、いまの俺の正体だった。
『グラン・レガリア』。
通称『グラレガ』。
世間のゲーマーたちから「難易度調整を放棄したクソゲー」「プレイヤーの精神をへし折りにかかってくる不条理ゲー」と恐れられつつも、重厚すぎる世界観と洗練されたキャラクターデザインで一部のマニアに熱狂的に愛された名作だ。
そして、このアルス・ローゼンバーグという男。
ゲーム内での立ち位置は、一言で言えば「悲惨」である。
主人公が学園に入学する数年前、幼少期の段階で、ある巨大な悪の巻き添えを食らって死亡する。画面にグラフィックすら用意されていない、名前と「可哀想な犠牲者」という一行テキストだけで処理されるレベルの超絶モブだ。
だが、問題は俺が死ぬことではない。
俺を死に追いやる、その「原因」だ。
「エリザベート・フォン・ヴァルハイト……」
その名を口にしただけで、背筋に冷たい氷を押し付けられたような戦慄が走る。
ヴァルハイト公爵家の令嬢。
将来、『グラレガ』において【世界を滅ぼす最凶の暴君魔王】として覚醒し、人類の三分の二を殺戮する本作のラストボス。
それが、エリザベートだ。
原作での彼女の生い立ちは、過酷という言葉すら生ぬるい。
ヴァルハイト公爵家は代々、強大な闇魔法の血統を引く名門だが、その教育方針は「徹底的な弱肉強食」と「感情の抹殺」だった。
幼少期から過苛烈な帝王学とスパルタ魔法訓練を強制され、少しでも弱音を吐けば暗い部屋に閉じ込められる。周囲の大人たちは誰一人として彼女に愛情を注がず、利用価値と恐怖だけで彼女を縛り付けた。
その結果、彼女の心は完全に壊れ、冷酷無比な氷の怪物へと変貌。
成長した彼女は、自分をいたぶった実の父親を惨殺し、公爵家を乗っ取り、最終的には世界そのものを破滅させようとする。
そして、その「過酷な教育」の過程で犠牲になったのが、彼女の家庭教師や従者たちだった。
幼少期のエリザベートは魔力を制御できず、ストレスが限界に達すると周囲の人間を巻き込んで魔力を暴走させていた。その暴走に巻き込まれ、真っ先に命を落とした哀れな従者の一人——それが、ローゼンバーグ男爵家の長男、アルスだったのだ。
「冗談じゃない……! なんで俺が、そんな理不尽な理由で死ななきゃならないんだ!」
頭を抱えて叫ぶ。
いまの俺の年齢は十歳。
原作の年表が正しければ、あと数ヶ月もしないうちに、ヴァルハイト公爵家から「エリザベート令嬢の従者兼、年近い話し相手」としての派遣要請が我がローゼンバーグ家に届くはずだ。
小さな男爵家に、公爵家からの命を断る権利など存在しない。
断れば家が潰され、従えば暴走した魔力で肉粒子に分解される。詰みだ。完璧なまでのチェックメイト。
「……いや、待てよ」
冷や汗を拭いながら、俺は必死に頭を回転させた。
俺には知識がある。前世で『グラレガ』を全ルートコンプリートし、設定資料集まで読み込み尽くした圧倒的な原作知識が。
エリザベートがなぜ暴走するのか?
それは彼女の心が孤独と恐怖に蝕まれ、ストレスが閾値を超えてしまうからだ。
周囲の人間が彼女を「化け物」として扱い、誰も味方にならなかったからだ。
もしも——もしも、彼女の側に入る人間が、彼女に寄り添い、決して裏切らず、完璧な愛情と肯定を与え続けたとしたら?
「闇堕ちを……防げるんじゃないか?」
ポン、と脳内で答えが弾けた。
そうだ。エリザベートが闇堕ちしなければ、世界は滅びない。
暴走も起きない。
そして何より、俺の死亡フラグがきれいさっぱり消滅する!
生存ルートの鍵はただ一つ。
エリザベート・フォン・ヴァルハイトを、健全で幸せな女の子に更生させること。
「そのためには、生半可な従者じゃダメだ。公爵家に派遣される数多くの候補の中から、俺が『絶対に選ばれる』必要がある」
ヴァルハイト公爵家は、まもなくエリザベートの教育係と専属従者を決めるための「試験」を執り行う。
本来なら、アルスは親のコネで適当にねじ込まれ、雑用係として配置された挙句に巻き込まれて死ぬだけだ。
だが、それではエリザベートの専属として彼女の心をケアすることなどできない。
「やるしかない……。俺の知識と、この命を懸けて!」
俺は机の引き出しを開け、紙とペンを取り出した。
公爵家が求める「完璧な従者」の条件。エリザベートが抱える魔力暴走のメカニズム。そして、彼女の心をほぐすための戦略。
前世の知識を総動員し、俺は「最凶ラスボス更生計画」の立案を開始したのだった。
人生二度目の生存競争が、いま幕を開ける。
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