第13話 上着一枚

2年12月5日


 十二月に入った途端、シュンの部屋は冷蔵庫になった。


 古い木造アパートの隙間風は、壁の薄さと手を組んで、夜になると容赦なく入り込んでくる。シュンは実家から送られてきた石油ストーブを部屋の真ん中に置き、その前に座布団を二枚並べた。ストーブの天板の上で、やかんがしゅんしゅんと鳴っている。


 アキラはTシャツの上にカーディガンを羽織り、ジーンズを履いて、ストーブに手をかざしていた。


「ゲーム飽きたし、トランプしようぜ」


 シュンは棚の奥からトランプを引っ張り出し、箱から出して派手にシャッフルした。


「二人で? 何すんの」


「二人大富豪。で、負けたら一枚脱ぐルールな!」


「は?」


「脱衣大富豪だよ。高校の時やったろ、四人で」


 高校二年の冬、リクの家で四人でやった。最後はシュンがパンツ一丁で、ユウトも靴下一枚になっていた。リクの母親が夜食を持って部屋に入ってきて、四人とも凍りついた。


「あー、やったな。リクの母ちゃんのやつ」


「そうそう。あれの二人版」


 シュンにとって、それは昔の悪ノリの再現だった。少なくとも、口に出す理由としてはそうだった。


 一回戦はシュンが負けた。


「くっそ!」


 シュンはパーカーを頭から脱ぎ捨てて、Tシャツ一枚になった。


「寒ぃー! ストーブ、ストーブ!」


 ストーブに背中を向けて騒ぐシュンを見て、アキラが腹を抱えた。


 二回戦はアキラが負けた。アキラは「ちっ」と言いながらカーディガンを脱ぎ、畳んで横に置いた。黒いTシャツ一枚になる。


 三回戦。アキラの手札に残ったのは、ハートの三だった。シュンが最後のペアを出して、上がった。


「はい、アキラの負け!」


「……マジか」


「上着一枚脱げよ!」


 シュンは笑いながら言った。


 アキラが着ているのは、黒いTシャツ一枚だった。その下は、下着だ。


 アキラの手が、Tシャツの裾を押さえた。


「いや、それは……」


 目を逸らした。


 シュンは、アキラのそういう顔を初めて見た。困っているのでも、怒っているのでもない。頬が赤くなって、視線が床の上をさまよっている。恥ずかしがっている顔だった。


 シュンは、体育会系のテンションで笑い飛ばした。


「ノリ悪りーな! 男同士だろ! 高校の時、罰ゲームで上半身裸で廊下走ったの忘れたのかよ!」


 高校三年の夏、体育祭の打ち上げの賭けに負けて、アキラとシュンは二人で上半身裸になって校舎の二階の廊下を端から端まで走った。生活指導の教師に追いかけられた。


「それとこれとは――」


「一緒だって! ほら、ばんざーい!」


 シュンは笑いながら、アキラのTシャツの裾を掴んだ。バカ騒ぎの勢いのまま、それを上に引っ張り上げる。アキラの腕が反射的に上がり、Tシャツが頭からすぽんと抜けた。


 アキラは、ベージュのブラジャー姿になった。


 アキラは両腕で自分の体を抱くようにして、胸を隠した。そのまま、数秒、黙っていた。ストーブの橙色の光が、白い肩と二の腕を照らしている。やかんの音だけが続いた。


 それから、アキラは笑った。


「寒っ!」


「うおー、すげー!」


 シュンはわざとらしく、ぴゅう、と口笛を吹いた。


 口笛は冗談の形をしていた。でも、シュンの目はアキラの胸元から離れなかった。腕の隙間から覗くベージュの布と、その縁から盛り上がる白い肌。細い腰。浮いた鎖骨。


「ほら、次のゲーム」


 シュンはカードを集めて、配り直した。


 アキラは下着姿のまま、ストーブの前でカードを受け取った。片腕で胸を隠しながら、もう片方の手でカードを扇に広げる。


「……次は勝つからな」


「おう、かかってこい」


 シュンは口では冗談を言い続けた。「今の手札やべーぞ」「その顔、ババ持ってんだろ」。言いながら、何度もアキラの胸元に目をやった。アキラがカードを出そうとして腕が浮くたびに、目がそこへ行った。アキラもそれに気づいているのか、いないのか、何も言わなかった。


 四回戦はシュンが負けた。シュンは靴下を片方脱いだ。


 五回戦が終わったところで、アキラがくしゃみをした。


「っくしゅん!」


「……今日はここまで! 服着ていいぞ」


 シュンが宣言すると、アキラは素早くTシャツを拾って頭からかぶり、カーディガンを羽織った。前をきっちり合わせて、ストーブに両手をかざす。


「寒すぎだろ、この部屋」


「ストーブあるだろ」


「ストーブの意味ねーよ」


 シュンは、これが女友達相手にもやらない一線だということを分かっていた。女友達の服を剥いで下着姿にして、そのままトランプを続けたりはしない。


 でも、アキラは最後に笑った。「寒っ!」と笑った。


 だから、男同士のノリだから、セーフだ。言い訳は、まだ通る。


 シュンはそう判断した。そして、その判断に、安心ではなく高揚を覚えていた。腹の底が熱かった。


 二十四時、アキラは「次は絶対脱がねー」と言ってコートを着た。


「次もやる前提かよ」


「やらねーって意味だよ!」


 アキラは笑いながら玄関を出ていった。外廊下を歩く足音が、薄い壁越しに遠ざかっていく。


 シュンはドアを閉めた。


 部屋に戻ると、ストーブの前の床に、トランプが散らばったままになっていた。シュンはそれを片付けずに、床に座り込んだ。ハートの三が、一番上で表を向いていた。


 シュンはしばらく、それを見ていた。

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