後書き ――『刃腕のカイ』創作ノートへの応援コメント
あとがきまで拝読しました。私は、赦し切れない人同士が、それでも共に生きる方法を見つけていく物語として読みました。
特に心に残ったのは、トビが石を投げたあとも、半分のパンを置いていたことです。リーネも、カイと目を合わせられないまま、そのパンの量を気にしていた。許せないことと、生きていてほしいことが、同じ人の中にある。その割り切れなさに胸を打たれました。
カイは、リーネに救われる前から、誰かにパンを分けていたんですね。その手が刃に変わり、傷つける力を得る一方で、毛布をかけることも涙を拭うこともできなくなる。「手」の意味が変わっていくたびに、彼が本当に欲しかったものが見えてくるようでした。
最後にカイが求めたのが、許しではなく、誰かを助けるための手だったことが印象的です。一人で恩を返そうとしていた彼が、人の助けを受け取れるようになる。罪が消えたわけではないからこそ、あの看板の言葉が温かく、重く響きました。
作者からの返信
フミオ オーガスタさん、あとがきまで読んでくださり、ありがとうございます。
やうたさんのエッセイから来てくださったんですよね、嬉しくなりました。『かなりや』を読んだ方の目に、カイがどう映るのか。それを知ることができたのは、書き手としてとてもありがたいことです。
「許せないことと、生きていてほしいことが、同じ人の中にある」。この一文に、書きたかったことのほとんどが入っていて驚きました。トビは石を投げた手で、パンをちぎっていた。リーネは目を合わせられないまま、「半分じゃ足りないでしょう」とだけ言った。二人とも、どちらか一方に決めきれないまま、それでもカイを生かしていたのだと思います。
カイが救われる前からパンを分けていたことに気づいていただけたのも、嬉しかったです。市場の掟を破って、なぜか割ってしまったあの半分が、巡り巡って最後に戻ってくる。その手が刃になり、何もつかめなくなり、最後にまた誰かの手を借りる。手の意味の移り変わりを、丁寧に追ってくださってありがとうございます。
罪が消えたわけではないからこそ、あの看板が重くも温かくも響いた。そう受け取っていただけたなら、本望です。
それから、レビューまで書いてくださり、本当にありがとうございます。「悪いことをした人を、その行為だけで決めてしまってよいのか」。第三話でリーネがカイに言った「悪い人かどうかは、これから決まる」という言葉を、そのまま問いにしてもらったようで、胸が熱くなりました。
第十話 刃を外す日への応援コメント
最初から引き込まれて、一気に読ませていただきました。
不思議ですね。めでたしめでたし……ではないけれど、とても好きなお話です。
人間の業、善と悪……考えさせられることが多かったです。特に「取り返しのつかないことをしてしまった人間はどうするか」。ずっと、自分の中で考え続けているテーマで、とても近いものを感じました。
ちょっと今、頭が散らかっていて、上手く言葉にできないんですが、とても心に刺さるお話でした。ありがとうございました。
作者からの返信
やうたまゆ様
一気に読んでいただけて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
実はこの作品、やうたまゆさんの「かなりあ」へのファンレターみたいなものなのです。
あの作品から私が受け取ったもの
朱が過去を背負い受容し生きていく姿、
傷が完全に元通りになることはない。しかし、寄り添う誰かの音に耳を澄ませることで、忘れた歌は再び歌うことができる。
どこまで作品の本質が見えているのかわかりませんが、私はそう受け取りました。
そこで私なりの「かなりあ」を表現してみたいと思いました。
もちろん全く別のお話なのですが、根っこ、本質部分は響き合うものがあるのではないかと思っていました。
まさかご本人に一番最初に読んでいただけるとは思っていなかったので、今、正直かなり興奮しています。そして少し伝わっているような気がしてとても嬉しいです。
うまく言葉にならない、というその感覚のまま届けていただいたコメント、それ自体がすごく伝わるものがありました。こちらこそ、ありがとうございました。そしてレビューも本当に嬉しいですありがとうございます。
あと「かなりあ」は実は一度読破しまして、今二度目をじっくり楽しませて頂いております。
コメントは遅くなりそうですが、必ずお伺いしますのでその時は是非かまってやって下さい。本当に本当にありがとうございました。
後書き ――『刃腕のカイ』創作ノートへの応援コメント
まるで映画を観ているような感覚で全話、読ませていただきました。
刃腕と聞いて、思わず「シザー・ハンズ」を連想してしまいましたが
レ・ミゼラブルや罪と罰に触れる機会があったのでとても心に響きました。
もしカイが盗みを働かずとも生きていける世界があったなら、と思わずには
いられませんでした。
カイは両腕を失くすことよりも、大切な人が願ってやまなかった父との
再会と和解の機会を奪ってしまったこと、命の恩人の先生を救えなかったこと、
自分が盗賊を招いてしまったことを悔やみ続けるのかと思うと切なくて
たまりませんでした。
この世には因果というものが存在しますが、とても残酷だと思いました。
もし刃ではない腕をつけてあげられたなら、誰かを傷つけずに済む
方法もあったかもしれない。
誰が悪いわけでもないという結末に、社会の構造の不条理が見えるような
気がしました。解釈が間違っておりましたら申し訳ございません。
素敵な物語を有難うございました。
作者からの返信
葛城瞳さん、全話読んでくださり、ありがとうございます。
映画を観ているような感覚と言っていただけて、とても嬉しいです。
「シザー・ハンズ」、まさにでした。触れたいのに、触れれば傷つけてしまう。カイが眠るリーネに毛布をかけようとして立ち尽くす場面は、エドワードと同じ痛みなのだと思います。
「刃ではない腕をつけてあげられたなら」という一文には、はっとしました。あとがきにも書きましたが、カイには本当は、匂いで薬草を覚える「治す側の手」になれる才能がありました。それでもリーネもカイも、強くなければ生きていけないという思い込みから、刃を選んでしまった。あの刃は、誰かの悪意ではなく、二人の善意と誤解から生まれたものでした。
だから「誰が悪いわけでもない結末に、社会の構造の不条理が見える」という読み方は、まったく間違っていないと思います。パンを盗まなければ生きられなかった子どもを、市場の人たちは見て見ぬふりで通り過ぎていきました。カイの罪の手前には、その世界があります。
寓話は、読んだ方のものです。解釈に正解はありませんので、どうか謝らないでください。こうして受け取っていただけたことが、何よりの喜びです。
素敵な感想を、ありがとうございました。