第6話 目黒区のワイン食堂②
「お待たせいたしました。鶏レバーのムースです。」
シンプルな見た目だが、青いガラスの器が涼やかだ。食器も、季節に合わせているのだろうか。
「お次、お飲み物いかがいたしますか?」
ディアーヌのグラスがあっという間に空になっているのに気がついた女性従業員が訊ねた。
「何か、軽めの赤をグラスでお願いします。」
「それでしたら、カルフォルニアの素敵なのがあります。」
「素敵なの……それで!」
嬉しい気持ちになる勧め方である。
すぐに運ばれてきたのは、ピザ柄のワイン。
“アモーレ・ロッソ 2020”
ブラックセラーズのワインである。グラスに注ぐと明るいガーネット色が透き通り美しい。
(美味しい!)
正直ワインは難しすぎるので、美味しければ何でも良い。これは、当たりだ。幸せ。
そして、鶏白レバームースを一口。滑らかな舌触りと濃厚な旨味に、脳が揺さぶられるような快感を覚える。これは…!
すかさず、ワイン。たまらない。
「お口に合いましたか?」
と、カウンター越しにマスター。
「最高です。」
ディアーヌの幸福感溢れる表情に、マスターはもちろん、隣のカップルも会話を止め、つい見惚れてしまう。
「本当に、美味しそうに召し上がりますね。」
「はい。美味しいものが大好きなもので。」
そう。見栄も恋愛の駆け引きも、どうでもいい。美味しい食事を前には何もかも、ほんの些細なことなのである。
この、好きなものを好きなように飲んで食べることは何にも代え難い。
「すみません、ライ麦のパンもお願いします。」
「かしこまりました。」
パンを待つ間、黒板メニューを吟味する。今日は肉を食べる日。仔羊とフォアグラのパイ包みも気になるけれど……
温められたライ麦パンが運ばれる。
「みかん猪の自家製ソーセージを、お願いします。」
もう、ここは何を頼んでも美味しいに違いないが、愛媛のみかん猪というのが今日のディアーヌには刺さったのだ。
丸いライ麦パンを千切ると、ほかほかと蒸気があがった。良い香り。それに、鶏白レバームースを塗り、パクりと口に入れる。
こちらのライ麦パンはいわゆるハードで酸っぱいものではなく、甘みもあり、日本人の口に合う仕上がりになっている。
そこにムースのコクとキュンとする味わいのワインが楽しい。
「お待たせいたしました。ソーセージの方お持ち致しました。」
また思わず、
「わぁ」
と息が漏れた。
まずは、ソーセージの下の粒々をフォークで掬ってみる。
もち麦をトリュフバターとチーズで炒めてあるのだろうか。
これが最高に美味しい。
むしろ、これだけで飲める。
というか、ワイン、飲み終わっちゃった。
ソーセージに行き着く前に、次の赤ワインを注文する。
「スペインの土着品種、フアン・ガルシアという葡萄のワインです。」
“アバデンゴ クリアンサ”
(あぁ……このお店、ワイン、本当に美味しいな。)
料理がどんなに美味しくても、ワインがどうもピンと来ない店は多い。
最高級ワインじゃなくても、セレクトに愛を感じる、こんなお店が大好きだ!
みかん猪のソーセージは臭みがなく脂に甘みがある。しみじみと味わいながら、飲む。また、レバームースと、
パン、ワイン、猪、ワイン……
ムースに散りばめられていたピンクペッパーが流れに華やぎを与えてくれる。同じ赤ワインを追加注文。
「すみません、お食事の方、ラストオーダーの時間となります。」
もう、24時を回っている。いつの間に。
(ここでパスタかリゾット行かなければ、締まらない!)
目をつけていたパスタを注文することに。
「仔羊肉と夏野菜のラグービアンコ、お願いします。」
まだ食べれるのか、と目を丸くする女性従業員。ディアーヌはそんなこと、お構いなしで、食事を楽しむ。
「これ、美味しいねぇ、ロールキャベツ、とろとろ。」
「こっちの、ニョッキもうまいよ。ほら、クリーム掬って、これがほんと、美味いから。」
「湯布院も行きたいわねぇ。」
「そうだな、でも、夏なら北海道も捨てがたい。」
「釧路湿原を車で延々と走るのとか?素敵。」
「ウニも食べたいな。」
カップルや熟年夫婦たちも、それぞれに会話と食事を楽しんでいる。
「お待たせいたしました。キタッラ、ギターという意味のパスタです。あら、もうワインが。」
「あら。では、こちらに合いそうなもので、何か。」
「かしこまりました。ピノノワールか、オレンジワイン、いかがでしょう。」
「あ、そしたら、オレンジワインを是非。」
「はい、すぐにお持ちしますね。」
“マルヴァジア デディカ マルディルデ”
オリエンタルショートヘアーの愛猫デディカと、黄色い薔薇のエチケットが可愛らしい。
柑橘系の香りでフルーティーだが、濁りのあるゴールドの色味も味わいも、意外と複雑である。
もちろん、美味しい。
そして、パスタをひと口。仕上げに軽くペコリーノチーズがかけられている。
ビアンコとは白いという意味で、角切りの仔羊と夏野菜(ズッキーニや焼きトウモロコシ)の美味しさがシンプルに味わえる。オレンジワインにも合う。
豚と牛と猪と羊、みんなが胃の中で仲良く暮らしているのを想像して、ディアーヌは不思議な気持ちになった。
(仲良くやれるかしら。)
きっと、肉たちみんなが踊りながら、ディアーヌを励ましてくれている。
おかげで、明日からまた頑張れそうだ。
そして、ペロリと完食。
「ごちそうさまでした。」
(今日は随分と控えめに飲めたかしら)
とディアーヌは思った。
(あの子、見た目のわりに飲むし食べるなぁ)
と店のスタッフは思った。
本人と周りの感想にギャップは生じたものの、本日も無事、美味しく飲んで食べることができたようである。
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