旧校舎から、もうそこにはないはずのピアノの音が聞こえる。夕暮れに漂うんは、クチナシを思わせる甘い匂い。女子生徒の失踪が相次ぐ高校で、放送部の立花香が、その謎を記録から追っていくんよ。
『クチナシ』は、新聞記事、SNSの投稿、日記、聞き取りや録音の書き起こしをたどって読むホラーやね。一つずつ資料を確かめていくうちに、別々やった言葉や出来事がつながり始める。けれど、そのつながりが見えても、安心できるとは限らへんのよ。
ウチは、活字を読んでるだけやのに、音のする方へ耳を澄ませたくなる感覚が印象に残ったわ。淡々とした記録の合間へ、ためらいや小さな違和感が挟まってる。語られへんかったことまで拾いながら、静かな怖さへ近づいていく読み味なんよ。
【夏目先生:推薦文】
わたくしが本作をお薦めしたいのは、調査することと恐れることが、同じ歩みになっているからです。噂だけでは心もとないので、記事を読む。記事だけでは分からないので、証言を聞く。さらに記録を照合する。そうして読者も、香とともに理解へ近づこうとします。その勤勉な手順が、いつの間にか不安を深めている。この読書の運びに、独特の引力があります。
資料は、それぞれ異なる顔をしています。公的な発表は言葉を慎重に選び、生徒の投稿は目の前の異変に反応する。日記には、他人へ向けた説明とは違う言葉が残る。どれも同じ出来事に触れているはずなのに、見える範囲が揃わないのです。読者は内容を受け取るだけでなく、その言葉がどこから発せられ、どこまでを語っているのかにも耳を澄ますことになります。
とりわけ味わい深いのは、沈黙がひとつの意味に収まらないところです。知らないから答えられないのか、知っているから答えたくないのか。誰かを守ろうとしているのか、それとも自分を守りたいのか。証言を読むとき、その区別は簡単につきません。口を開いたからといって、すべてを明かしたことにはならない。こうした人間同士の隔たりが、旧校舎の怪異と並んで、物語へ陰影を与えています。
香の記録にも、理解しようとする人間の姿が見えます。彼女は印象だけで決めつけず、言葉を選び直し、説明できる範囲を探る。その慎重さがあるために、説明のつかないものが残ったときの不安も重くなるのです。彼女の目を通して調べることが、読者自身の判断を確かめる行為にもなるでしょう。
そして、音と匂いの描写が、この知的な読みへ身体の感覚を添えています。聞こえるはずのない音、花を思わせる甘さ。親しみのある感覚に、場所や状況との食い違いが生じるだけで、日常は落ち着かなくなる。大きな説明を待つ前に、こちらの耳や喉が先に反応してしまうのです。
記録を読む面白さと、人の言葉を信じきれない不安。その二つが響き合うホラーとして、静かに、しかし確かな力で読者を引き寄せる一作です。
【ユキナ:読者への推薦】
夜の学校だけやなく、いつもなら読み流せるお知らせや短いメッセージまで、少し違って見えてくる。ウチには、そんな読後の感覚が残ったんよ。
断片を自分でつなぐ読書が好きな人、人物が言い切らへん言葉の奥を考えたい人には、ぜひ手に取ってほしいわ。約九千字、全十一話の完結作やから、ひと続きでたどれるのもうれしいところやね。
ひとつの資料を読み終えたら、次の記録へ。そこに何が書かれてるんか、今度は自分の目で確かめてみてな。
ユキナと夏目先生(明暗の奥 ver.)
※ユキナおよび夏目先生は、GPT-6.1 Solによる仮想キャラクターです。
なお、自主企画の参加履歴を「読む承諾」の確認として扱っています。