第7話 今の自分にできること

病院から帰ってきた僕は自分の部屋に入るとすぐにスマホを開いた。


調べるものは決まっている。


――王樹の雫。


病院で先生から聞いた絵美の治療に必要な素材。


第四門【王】にしか存在しないという特殊な素材だ。


検索欄に名前を入力する。


いくつかのサイトを見ていくと、ハンター向けの素材取引情報が出てきた。


「……あった」


王樹の雫。


過去の取引記録。


その横に書かれていた金額を見て――


「……え?」


思わず画面を二度見した。


30,000,000円


「……三千万円?」


桁を数える。


一、十、百、千……。


間違いない。


三千万円。


過去に市場へ出た王樹の雫はその金額で取引されたらしい。


しかも現在はほとんど流通していない。


第四門【王】でしか採取された記録がなく、そもそも採取できるハンター自体が限られているからだ。


「……買えない」


僕には無理だ。


十八歳の僕が三千万円なんて持っているわけがない。


母さんだってそんな大金を用意できるとは思えない。


じゃあ――。


「自分で取りに行くしかない」


第四門【王】。


金級上位から白金級下位。


僕がこの前に諦めた、門攻略。


……今の僕じゃ、到底届かない。


でも。


絵美を助けるには必要なんだ。


僕はスマホを置いた。

そして、リビングへ向かった。


「母さん」


「どうしたの?」


母さんはテーブルに座っていた。

僕も向かいに座る。


「……王樹の雫のことなんだけど」


「うん」


「調べてみた」


「何か分かった?」


僕はスマホの画面を見せた。


「値段」


母さんが画面を見る。


そして――


「……三千万円?!」


「うん」


母さんの顔が固まった。


「こんなにするの……」


「過去の取引価格みたいだけど、今はもっと高くなってる可能性もある」


「……」


二人とも黙った。


三千万円。


あまりにも現実離れした金額だった。


「だから」


僕はゆっくり口を開いた。


「取りに行く」


「……え?」


「第四門に」


母さんの表情が変わった。


「ダメ」


即答だった。


「でも――」


「ダメよ!」


今まで聞いたことがないくらい強い声だった。

「第四門なんて……あなたが行っていい場所じゃない」


「分かってる」


「分かってない!」


母さんが立ち上がる。


「お父さんだって、銀級だったのに……!」


その言葉に、胸が締め付けられた。


父さん。

銀級ハンターだった父さんは、僕が七歳のとき、門攻略中の事故で亡くなった。


「……」


母さんの目が潤んでいる。


「もう嫌なの……」


「母さん……」


「絵美だってどうなるか分からないのに、あなたまで門に行って……」


声が震える。


「あなたまで帰ってこなくなったら、私はどうすればいいの?」


何も言えなかった。僕だって怖い。

第四門なんて想像するだけで怖い。


第一門ですらまともに戦えなかった。


レベル2。

ステータスは全部6。


そんな僕が金級や白金級が戦う場所へ行く。

無茶なのは分かっている。


それでも。


「……母さん」


僕は立ち上がった。


「まだ言ってなかったことがある」


「……何?」


「僕が卒業式の日に引いたランク」


母さんの顔を見る。


「銅級下位って言ったよね」


「……うん」


「嘘だった」


母さんが黙る。


「本当は――」


少しだけ、息が詰まった。


それでも言う。


「無色級だった」


「……無色級?」


「うん」


「そんなランク……」


「僕も知らなかった」


僕は無色級について説明した。


レベルがあること。

経験値でレベルが上がること。

ステータスが存在すること。


そして――


「成長限界がないって表示された」


母さんは黙って僕を見ている。


「だから、強くなれる可能性がある」


「……でも、今は?」


「弱い」


正直に答えた。


「第一門でも一人じゃ何もできなかった」


「だったら……」


「それでも行く」


母さんが息を呑む。


「絵美を助けたいから」


僕は拳を握った。


「三千万円なんて払えない」


「……」


「だったら、自分で取りに行くしかない」


「でも……」


母さんは俯いた。


「あなたまで死んだら……」


その言葉に、僕はすぐには答えられなかった。


死ぬかもしれない。怖い。本当は逃げたい。


でも――。


病室で苦しそうにしていた絵美の顔が浮かぶ。


「……僕も怖いよ」


母さんが顔を上げる。


「でも、何もしないほうが怖い」


「……」


「絵美を助けられるかもしれないのに、怖いからって何もしなかったら……僕はきっと後悔する」


母さんは長い間、何も言わなかった。


やがて、小さく息を吐く。


「……本当に行くの?」


「うん」


「無茶しない?」


「しない」


「絶対に帰ってくる?」


「……うん」


母さんは僕を見つめた。

そして、少しだけ悲しそうに笑った。


「……お父さんとは違うのね」


「え?」


「お父さんは、危険でも人を助けるために無茶をする人だった」


母さんは目を伏せる。


「あなたは……自分が怖いって言える」


少しの沈黙。


「だから……」


母さんはゆっくり頷いた。


「無理だけはしないで」


僕も頷いた。


「うん」


まだ第四門には行けない。今の僕では弱すぎる。


だから――。


強くならなければならない。

絵美を助けるために。


僕は自分の部屋に戻り、もう一度ステータス画面を開いた。


ランク:無色級

レベル:2


「……ここからだ」


一度は諦めた。でも今度は違う。

守りたいものがある。


だから僕は――

もう一度、強くなる方法を探し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る