読み返してみると、どうにも長ったらしく感じたので改訂しました。
改訂前のプロローグはうつが回復し始めた頃に書いたものです。
完全に消してしまうのは勿体無いし、読んでくれた方にも申し訳ないのでここに残しておきます。
〈改訂前↓〉
花を描いている。
花瓶に生けられた一輪のチューリップ。鮮やかな赤色の花弁は、先端へいくにつれて淡く白に滲んでいた。チューリップといえば、もっと単純な花だと思っていた。赤なら赤、黄なら黄と、迷いなく塗り分けられたような。けれど目の前のそれは、境目を曖昧にしながら色を重ねている。見れば見るほど、不思議な花だった。
先生が言うには、『キャンディアップルデライト』という少し珍しい品種らしい。りんご飴。ずいぶん美味しそうな名前をしている。
木製のイーゼルに立てかけた画板へ視線を戻す。白い紙の上には、鉛筆で追った輪郭と、何度も重ねた陰影が少しずつ形になり始めていた。花弁の薄さ。茎のわずかなうねり。ガラス瓶越しに歪んで見える水の線。柔らかなものと硬いもの、透けるものと黒に沈むものが、一枚の紙の上で喧嘩しないよう慎重に整えていく。
芯を寝かせて広く擦り、練り消しで光を起こし、また細く削った先端で輪郭を拾う。そうやって白と黒のあいだを行き来していると、乾いた紙の上で、花が息をし始める。その瞬間が好きだった。
去年の自分と比べれば、確実に上手くなったと思う。形も取れるようになったし、陰影も以前ほど迷わない。けれど、まだ足りない。良いと思った誰かの絵の上澄みを掬っているだけだ。整ってはいる。けれど、自分のものではない。描けば描くほど、自分が薄まっていく気がした。
一度手を止め、椅子に体を預ける。指先には黒鉛が薄く付着していて、制服の袖にも知らないうちに擦れた跡ができていた。窓の外を見ると、すべてが茜色に染められようとしている。その色は教室へ流れ込み、机や床を静かに侵食していく。
視線の先、棚の上には石膏像が並んでいた。白く黙ったままこちらを向いている。見つめていると、胸の奥がざらついてすぐに目を逸らした。