――学術院の資料管理室の隅。分厚い紙の山に囲まれ、ルクレインは静かに記録筆を走らせていた。
彼にとって、この時間は何よりも代えがたい。自らの疑問を自らの手で追い、静かに答えへと近づいていく。この、他者が入り込む余地のない“静寂の研究時間”が何より好きだった。
「ルクレイ~ン!! 聞いてよぉ~!!」
その静寂は、音速で粉砕された。
白衣の裾をひらひらさせながら駆け込んできたのは、フローネ。乱れた髪、輝いた目、息を弾ませた笑顔――つまり“何かが起きた”時の顔だ。ルクレインは記録筆を止め、眉間を押さえた。
「……嫌な予感しかしませんが、一応聞きましょう。今度は何ですか?」
「違うの! 今回は“私がやった”んじゃなくて、“巻き込まれた”の!」
「あなたが巻き込まれるのは、あなたがそこに居るからです」
「わぁ出たよ、そういうこと言う~?」
「事実です」
フローネは頬をぷくっと膨らませ、机に身を乗り出してくる。
「聞いてよ! 今日ね、報告会があってさ! “魔力の流れを視覚化する実験”って言うからすごく期待してたんだけど」
「嫌な予感しかしない単語並べはやめてください」
「でね! 内容があまりにも粗末すぎて、見てて痛々しかったの!! だからね? ちょっとアドバイスしてあげたら──」
「……で、何を言ったんです?」
ルクレインは、聞きたいような聞きたくないような気分になる。それと同時にフローネは胸を張って。
「“これ、魔力の流れじゃなくて、誤差を色塗りしてるだけじゃん? 精度落ちてるよねぇ?”って」
ルクレインはゆっくりと目を閉じた。
「あの……フローネさん」
「ん? なに?」
「あなた、また“言い方”をどこかに忘れてきましたね?」
「そんなつもりはないんだけどねぇ。 だって間違ってたんだよ、言わない方が逆に失礼じゃない?」
「正しいかどうかと、言っていいかどうかは別問題です」
「え~伝わらなかった方が悪いと思うけど」
フローネは悪気ゼロの笑顔。だが、その笑顔は確実に相手の心を削る類のものだ。ルクレインは小さくため息をつき、ペンを置いた。
「それで? 院長代理は何と?」
「“後で来なさい”って。顔、真っ赤だった」
「怒ってますね」
「怒ってたよ~すっごく」
「……ですよね」
フローネは机に頬を乗せ、ぐねっと身を沈める。
「でも、あれを“魔力の流れ”って呼ぶ方が問題だよ? あれじゃ“誤差のカラフル展示会”だよ~?」
「表現にトゲしかありませんね」
「刺さる側の問題じゃない?」
「違います」
きっぱりと言い切ると、フローネはえぇ~と伸びた声を出しながら転がるように姿勢を変えた。
「でもねぇ……あれをあのままにしておくの、ためにならないと思うけどなぁ?」
「あなたの言っていること自体は、正しいでしょう。ただ──」
「うん?」
「あなたが言うと喧嘩になります」
「なんで?」
「……言い方です」
フローネはきょとんと目を瞬かせた。どうやら本当に悪意はまるでない。ただ“事実”を言っただけなのだ。ルクレインは諦めたように椅子から立ち上がった。
「仕方ありません。私も一緒に行きます」
「……えっ、いいの!? 一緒に来てくれるの!?」
ぱぁっとフローネの表情が明るくなる。
「あなた一人だと、話がこじれるする未来しか見えませんので」
「そんなことないよ? 私、今日は抑えたつもりなのに」
「“精度落ちてるよねぇ?”のどこが抑えているのか説明をお願いします」
「だって、もっと言おうと思えば言えたよ?」
「……やはり付き添います」
フローネは嬉しそうにルクレインの白衣を引っ張ろうとしたが、ひょい、とかわされ、彼は背を向けて資料室の扉へと歩き出した。
「ほら、行きますよ」
「はぁ~い!」
廊下へ出ると、遠くから職員たちの声が聞こえてきた。
「またフローネか……」
「何したんだ今度は……」
耳に入っても、フローネは全く気にしない。むしろ“今日も元気だねぇ~”と楽しそうである。ルクレインは小さく息を吐いた。
「本当に、あなたはどうしてこう……」
「え? 何か言った~?」
「いえ。後で同じ言い方をして怒られないよう、私の後ろに立ってください」
「は~い!」
二人の声が、静かな廊下に軽く反響した。学術院の午後は、今日も騒がしく、そしてどこか微笑ましく過ぎていくのだった。
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久しぶりのSSになってしまいましたが、読んでくださりありがとうございます!!
また、少しずつ気軽に書いていこうと思いますので、楽しんでいただけたら嬉しいです!!✨