仏教が語る真理のひとつに「諸法無我」があります。「この世界の法則には私というものはない」という意味です。仏教が説く「真理」「法」というのは自然科学のように時代や国が変わっても変わらない普遍的な法則のことを指します。
おそらくなかなか理解し難い考え方だと思います。私自身も100%理解しているとは思ってないです。
無我の説明はいくつかありますが、ひとつの説明として「実在」と「概念」の違いがわかりやすいと思ったので少し説明します。
「私というのは概念である」ということよりも、「日本人というのは概念である」ということの方がわかりやすいと思うので例にあげます。
まず、日本というもの自体が実在ではなくて概念です。どこからどこまでが日本であるというのは人が決めたものであり、自然の法則ではありません。なので人によって解釈が違うし、時代によっても変わってきます。国が概念であるということは日本人というのも概念であり、見方によって変わってしまうものです。仏教では人によって解釈が変わってしまうものを妄想や幻であると考えています。
そういう風に考えていくと、「私の体重は〇〇Kg」「私は〇〇に住んでる」「私は〇〇の妻である」「私は〇〇が好きだ」と私に付随する情報を並べてもどこまでいっても変わらないものはないので、私というのは実在ではなく、認識であり、概念であり、幻であると考えます。