あまり書かないジャンルを書いてみてみました。何か映画かアニメか何かで須藤の世界に入れようかな。チャールストンならテレビ見るし。
スクラップ
起動音は、いつも耳の奥で鳴る。
カヤは後頭部のコネクタに指を這わせ、接続の甘さを確かめた。カチリ、と金具が噛み合う音。次の瞬間、ゴーグルの奥で機械の虹彩が絞られ、灰色のノイズだった世界に輪郭が生まれる。
痛みは慣れない。目の奥から後頭部にかけて、焼けた針で縫われるような感覚が一瞬走り、それから引く。
生まれつき光を持たない眼球の代わりに、この鉄の眼が世界を貸し与えてくれる正確には、電極が後頭葉の視覚情報を騙して、見えているという「錯覚」を脳に押しつけているだけだと開発者は言っていた。錯覚でも見えないよりはましだった。
「――また見えた」
誰に言うでもなく呟く。声は崩れた工場地帯の鉄骨に吸い込まれて消えた。
視界の端に、彼女と同じ処置を受けて失敗した「先輩たち」の残骸が転がっている。
眼球ごと融けた者、ゴーグルの中で発狂したまま息絶えた者。カヤだけが、生きて見えている。それが自分の価値のすべてだと、配属初日に知らされた。
独立遊撃隊、通称「スクラップ」
正規軍の兵器開発から生まれた試作の失敗作。規格外の重機甲兵、暴走した焼夷兵の生き残り、そしてカヤのような「使い道の分からない実験体」を集めた、掃き溜めの部隊だった。
捨てるには惜しく、正規軍に組み込むには危険すぎる者たち。
背後で重い足音がする。振り返らずともわかる。隊長だ。
顎の下半分を失った大男は、言葉の代わりに、分厚い包帯の奥から低い呼気だけを漏らす。ヒュ、と短く。それが「時間だ」の合図だということは、配属されて三日で理解していた。
「はい」
カヤは立ち上がり、支給されたコートの襟を立てた。硝煙の匂いが、もう風に混じって流れてきている。
出撃先は、旧市街の外れ、かつて工廠だった一帯だった。
三日前、そこで試験運用中の重機甲兵〈六号機〉が制御を失い、周辺の民間区画へ向けて歩き出した。正規軍の追撃部隊は二個小隊を投入し、二個小隊とも半壊して帰ってきた。
〈六号機〉の装甲は正規軍の徹甲弾を弾く。動力炉の位置も、制御系の弱点も、開発資料ごと失われている。
「だから壊れ物ばかりの俺たちに回ってくる」
そう笑ったのは、隊員の一人、片腕が丸ごと義肢に置き換わった男ヨナだった。かつて戦車の砲兵として前線に立ち、敵や味方を焼いた過去を持つと聞いている。本人はそれを隠しもしない。
「見えるか、嬢ちゃん」
「まだ靄がかかってます。距離が出ると解像度が落ちるので」
「贅沢言うな。俺たちの目より百倍マシだ」
隊は五人。狙撃手のヨナ、寡黙なスカウトの女、機体整備上がりの若い男、そして口の利けない隊長。全員、正規の戦力としては数えられない者たちだった。
瓦礫の丘を越えたところで、カヤのゴーグルが甲高いノイズを立てた。焦点が強制的に一点へ絞られる。
「いた」
工廠の廃墟の中央、三十メートル級の人型の影。装甲の継ぎ目から蒸気が漏れ、駆動音が地響きのように腹に響く。
カヤの視覚は、常人には見えないはずの熱源反応まで拾ってしまう。過剰な視覚情報が脳を焼くような感覚に、奥歯を噛んだ。
「右膝、装甲が薄い……動力炉は、多分胸部じゃない。背面です」
隊長がこちらを見た。包帯の下で、何かが動いた気がした。頷きだとカヤは思うことにした。
戦闘は、想像していたよりずっと醜かった。
カヤの初弾は装甲に弾かれ〈六号機〉はその方向へ巨腕を振るった。
瓦礫が爆ぜ、砂埃の向こうで悲鳴が上がる。ヨナが義肢の腕から火炎放射器を展開し、視界を焼いて時間を稼ぐ。
硝煙と焦げた金属の匂いが喉の奥にまとわりつき、カヤは咳き込みながらもゴーグルの焦点を外さなかった。
「背面、装甲の継ぎ目、あと十メートルで」
言い終える前に、巨腕が振り下ろされた。
視界が真っ白に染まる。
次に像を結んだとき、目の前にあったのは隊長の背中だった。分厚い外套の下、鋼の骨格が軋む音がした。
一撃を丸ごと受け止めていた。
包帯の奥から、これまで聞いたことのない呼気が漏れる。悲鳴とも咆哮ともつかない、声にならない声。
カヤは悟った。
彼が喋れないのは、生まれつきでも単なる負傷でもない。かつて何かを誰かを庇って、顎ごと失ったのだ。今と同じように。
「行けます、まだ」
震える声で言った。隊長の陰から、〈六号機〉の背面がはっきりと見えている。継ぎ目、脈打つような熱源反応、あそこだ。
隊長が短く息を吐いた。合図。ヨナが最後の火薬筒を背負い、整備上がりの若者がそれを抱えて走り出す。
「十二時方向、二メートル下、そこ以外は外れます」
「聞こえてる」ヨナが叫び返す。
「お前の目、信じてやるよ嬢ちゃん!」
爆発は、視界ごと世界を白く塗りつぶした。
静寂が戻ったとき、〈六号機〉は瓦礫の中に頽れていた。動力炉の光が消え、巨体からゆっくりと蒸気が抜けていく。まるで、長く苦しんでいた何かが、ようやく息を止めたように。
カヤはゴーグルの焦点を落とし、荒い呼吸を繰り返した。過剰な情報を浴びた脳の奥が、まだ熱を持って疼いている。
隊長が振り返り、こちらへ歩いてくる。外套の背が裂け、鋼の骨格が覗いていた。それでも、彼は立っていた。
包帯の奥から、また短い呼気が漏れる。ヒュ、と。今度はカヤにもわかった。
よくやった。
そう聞こえた気がした。錯覚かもしれない。この目で見るものの半分は、そもそも錯覚だ。
それでも、見えないよりは、ずっとましだった。
瓦礫の隙間から差し込む夕陽が、硝煙の中に赤い筋を作っている。ヨナが携帯食をタバコのように咥えながら、片腕を挙げてみせた。スカウトの女も無言のままグッと親指を立てる。
失敗作の寄せ集め。誰も名前を呼ばれることのない部隊。それでも今日、確かに誰も死ななかった。
カヤのゴーグル越しから見える世界は醜くて、煙たくて、焼け跡ばかりだ。それでも彼女はこの目を手放すつもりはなかった。
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