「あっ、フォルト。いろいろチョコレートを購入したのを、せっかくだからといくつかレーナにも持っていくといっていたけれど……チョコレートを渡すときは変な作法があるそうだが、それはアンバーでの作法かい?」
「作法?」
全く身に覚えのないことを言われて、思わず隣のシオンをみると。
シオンも何のことかわかってないようだった。
「なるほど。その反応でもう十分わかったよ」
にこやかにジークはそういって笑うけれど、たぶんレーナに何かされたのだと思う。
ほとんど表情がかわることはないし、声色も変わらないけれど。
イラっとしたんだろうなぁってことがわかるくらいに、いつの間にかジークとしたしくなったんだと思う。
「ということは、ジーク様はレーナ様にいっぱい食わせられたというわけですね」
「腹正しいことにそうだね」
シオンの指摘に俺ならつい、いらっとしそうなところだが。
意外なことにジークはこういう時に怒ることはなくあっさりと自分の非をみとめてしまう。
「ちょっとまってくれ。これチョコレートをおすそ分けする話だよな?」
なんかよくわからないことになってるけれど。
確かチョコをおすそ分けするだけのはずが、いったい何をどうしてジークがやり込められたなんてことになるのかがさっぱりとわからない。
「あぁ、チョコレートを渡すときは、少し恥じらった感じで控えめに受け取ってもらえないかを渡す側が乞うそうだ」
「えっ、何それ? もらう側じゃなくて、渡す側が乞うの意味わかんないんだけど……」
「私もさっぱりわからなくて。フォルトは甘いものが好きなようだから何か知っていると思ったんだが……」
「いや、初めて聞いた」
「なんかわかんないけれど。そういうのを流行らせたいってこと?」
うーんっと考えてシオンがそういうけれど、チョコを渡す際に下手に出てもらうのを流行らせたいのかがさっぱりわからない。
「それは何のメリットがあるんだ?」
「「さぁ?」」
俺の疑問にジークとシオンは不思議そうにそう言い切った。
とはいえ、こういうよくわからないことでも、あえてルールを決めたり。
流行を作るということはまれにある。
なんていうか、チョコレートが学園で流行っているのに便乗をして、流行らせることができるか? という実験をしているのだろうか?
「シオン、よかったらたくさんあるし。少し食べてもらえないか?」
試しにたくさんあるチョコレートの中からいくつか選んで、レーナ嬢のいっていた作法を真似してシオンにチョコを渡してみる。
「えっ、ありがとうございます。フォルト様」
チョコレートをもらうとシオンの顔がパッと華やいだ。
「あっ!?」
そしてシオンがしばらくして声を上げた。
「どうした?」
ジークと二人で、声を上げたシオンを見つめると。
「チョコレートってすごく高価な物じゃないですか。僕なんかは普通に買えないんですけど。こういう風に余ってて困ってるんだって感じを出されると、すごく受け取りやすいかも」
「なるほど、こういうルール化することで。買うことが難しい人に下げ渡しを相手に気を使わせずにしやすいものにしたいということだろうか?」
ジークが顎に手を当てて真剣な顔でそう考察した。
「「なるほど」」
「とりあえず、レーナ様の作法にのっとって、発案者であるレーナ様にいろいろチョコを送ってみたらどうかな? こうしろって言ってきたってことをそのまましてたらなんかわかんないけど満足するでしょ。あの人」
「あぁ、どうせ渡すつもりだったから。もらってもらえないか乞うくらいは別に」
「私もまぁ、負担になることではないから、次渡すときもそうしよう」
そんなこんなで、カフェで新作のチョコレートスィーツの看板が出ていたからこのあたりでいれば会えるか? と思えばすぐにレーナ嬢とは会えた。
「ちょうどよかった」
「あら? フォルト。どうかしましたか」
「あの、これよかったら。受け取ってもらえないか?」
そっと小さな箱に入ったチョコレートをジークからきいた作法の通り渡してみる。
「えっ!? 私に!? チョコレート!?」
なんでそんなに驚くのだろう?
作法が足りなかったとかだろうか。へりくだり方が足りなかった?
「レーナ嬢にぜひ受け取ってほしいんだ」
「そ、そういうことでしたらまぁ。ね」
受け取ってもらったのを確認した俺は、ポケットから別のチョコレートが入った箱を取り出した。
「ん?」
その様子をみてレーナ嬢が不思議そうな声を上げる。
「よかったら、これも。食べてもらえると嬉しい」
「えぇ」
「あとはこれと」
「え? これと?」
「残りはちょっと持ち切れなかったから、後で部屋にもっていってもらおうとおもっているんだが、かまわないか?」
「違う……」
レーナ嬢がそういって俺は固まった。
「え?」
「チョコレートを渡すときはひと箱ずつ。いくつも渡さない。なんなんですか、その誤解するようなふるまいわ」
よくわからないけれど、渡したチョコレートはしっかりもってレーナ嬢はぷりぷりと怒りながらカフェに消えていった。
「いったいなんだったんだ?」
そのごチョコレートは一度に何箱も渡してはダメだということを共有すると、ますます3人でわけがわからなくなるのだった。