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『存在』について


 ジェンセン及びエミリア、科学界が「普遍的な理解の境界線」を突破したように、作者である私もまた、その『境界線』を超えてしまった。

 誰も理解してくれない。理解を渇望している。なぜなら、たとえ天才であろうと、誰にも理解されないなら、その存在は無意味になってしまうからだ。

 いわゆる「存在」とは、記憶であるべきだ。つまり、あらゆる人や事象の「存在」は、他者の「記憶」によって、かろうじて保たれているに過ぎないのだ。


そのような孤独な戦いの中でも、私の作品を読んでくれたこと、心から感謝します。たとえ読者が一人だけでも、たった一人だけでも構いません。

 どうか私をあなたの記憶に残し、私の「存在」を存在させてください。本当に心から誠にありがとうございます。


――
 『許さなくていい。忘れないでほしい。』

 『本当の死とは、世界の誰もが君を覚えていないことだ。』

 『リメンバー・ミー』

 by 《リメンバー・ミー》

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