監禁夏休みがはじまり、1週間が経った。
私は今、観察されている。
食べたもの、就寝時間、肌や髪のツヤ、話したこと、トイレの時間と回数、寝姿のスケッチまで、残さず記された。
「よく、続けられるね」
「すごく楽しいです。もう、毎日が発見の連続ですよ」
「私、ずっと変わってないけど」
「ふふふ。恵巳さんは、自身に興味がありませんから」
「……たしかに」
お漏らしの強要は、初日の1回だけだった。
満足したのか、後処理が面倒だったのか。どっちにしても、私はありがたい。
日々の努力もあり、宿題は折り返し地点。
ナギサちゃんは、3日で片付けた。
宿題と向き合う間、にこやかな視線を浴び続ける。
問題を解く速度から、私の学力までも、把握されていく。純粋に恥ずかしい。
「ナギサちゃんの宿題、見せて」
「ダメですよ」
「なんで?」
「恵巳さんの、勉強する姿を見たいんです」
純粋な欲望をぶつけられると、弱い。
恥ずかしくて脚を動かすと、引っかかった。
足首に繋がれた、手錠。私の行動範囲は、一歩分もない。
でも、物足りない。
これじゃあ、外に出れないだけ。
私には、引きこもりの才能がある。
1週間、外に出なくても、苦にならない。正直、不自由なだけでは、退屈だ。
でも他に、何をすればいいの?
考えていると、電話が鳴った。
「誰からですか?」
「……お母さんだ」
着信音は嫌いだ。
急かされて、頭が真っ白になる。無視しても罪悪感が残って、苦しい。
『あ、やっと出た。全く、さっさと取りなさいよ。こっちは暇じゃないのよ?』
「うん。ごめん」
『あんた、今年の盆は帰ってくるの?』
「あー」
忘れてた。
「帰らない、はず」
『そう。ならいいわ』
「怒らないの?」
『意味ないでしょ。あんたは頑固だし』
「そう、かもね」
お母さんの声は、お酒を飲んだみたいに、ガラガラだ。
『なんだか楽しそうね。男でもできた?』
「そうかな」
『さっさと結婚しなさいよ。あんたみたいな女は、若いうちに、何も知らない男を捕まえないと』
結婚。聞いただけで、頭皮がかゆくなる。
一緒に生きるなんて、バカみたい。
「お父さんは、どう?」
『もうほとんど話せないわよ。怒鳴るけどね』
そっか。
じゃあ、あんま変わんないや。
「弟は?」
『ずっとお父さんの介護を手伝ってくれてる。あんたの話もしなくなったわよ』
「そう」
『あんた、もっとお姉ちゃんっぽいことしなさいよ』
「もう遅いでしょ」
『……はあ』
ため息。
人が発する、一番不快な音。
「私、出来が悪いから」
『そうね。恵巳には色々苦労させられたわぁ』
「……ごめん、なさい」
『まあ、生きてさえくれれば、それでいいわ』
そう、言うよね。
お母さんは、立派な大人で、母親で、妻だから。
『じゃあ、しっかり野菜をとりなさいよ』
「お母さん、さようなら」
『はい。またね』
通話が切れて、長くて弱い息を吐く。心の中が、胸焼けしてる。
こそばゆさを感じて振り向くと、パッチリしたまつ毛が、目の前で揺れていた。
「恵巳さん、いつもと雰囲気が違いました」
「そう?」
「全然違います」
「怒ってる?」
「えっと……。もう、電話しないで、欲しいです」
熱っぽい指が、私の手に絡む。
まるで形のすべてを記憶するみたいに、撫でまわされる。
ああ。監禁生活で、物足りない要素は、|これ《・・》だ。
「じゃあ」
なるべく自然に、スマホを手渡して、握らせる。
「私の連絡先、全部消してくれない?」
私に、逃げ場は、いらない。
「いいんですか?」
「うん。ナギサちゃん以外、もういいや」
「……そう、ですね。恵巳さんは、監禁中ですから」
「うん」
「あたしだけに、なっちゃいましょうね」
なりたいよ。
私の過去なんて、いらないもん。
「恵巳さん、素敵です」
当然のように、PINは知られている。
連絡帳が表示されると、ナギサちゃんの目が、鋭くなった。
「お母さんは、どんな存在なんですか?」
「肝っ玉って感じ。なんでもはっきり言う人」
「好きなんですか?」
「ただの親。感謝はしてる。もう、私の人生には、いらない」
真っ白な指で、削除ボタンが押される。
派手な音はない。
普遍的なメッセージ表示だけで、お母さんの名前は、消え失せた。
「父親は、どんな人なんですか?」
「怒鳴れば全部うまくいくと思ってる人。お母さんにだけは、甘かったけど」
削除。
せいせいする。
「弟さんは?」
「嫌われてる。私の失敗があったから、いい高校にいけてるのに」
「|姉弟《きょうだい》なのに、仲良くないんですか?」
「年が離れているせいで、ケンカもできない。話も合わない。一緒の産道を通っただけの、他人だよ」
弟の名前が消えても、心に波は立たなかった。
残りは、細かい連絡先ばかり。
会社の同僚だった人。
音信不通の、古い友達。
アパートの管理会社や、インターネット会社。
近所の病院。
私の生活だったもの。くだらない、人生。
100以上あった連絡先が、無機質に、淡々と、ただの文字らしく、消えていった。
「……あの、恵巳さん」
ナギサちゃんの息で、スマホの画面が、かすかに曇る。
「なに?」
「写真も、いいですか?」
「……え?」
「あたしとの思い出以外、いらない、ですよね……?」
口の中で、粘着質なよだれが分泌された。
「よろしく、お願い、します」
フォトアプリの中身。ほとんどは料理の写真だった。
たまに、家族の写真が混じっている。
全部、全部、全部。削除。いらない。消え失せて。もう、いらない。
「これで、どう、ですか?」
スマホを持つと、温もりが宿っていた。
「ナギサちゃんの、スマホは?」
「あたしは最初から、恵巳さんだけ、ですから」
ナギサちゃんのスマホは、高いハイエンド機種。
私の安物とは、スペックも容量も、全然違う。
だけど、活かされていない。
連絡先は、私だけ。
写真も、私だけ。
クラスのグループだけは残っているけど、通知はミュートされていた。
嬉しい。
この子は、本気で、私と死にたいんだ。ずっと、最初から。
ナギサちゃんだけになった、関係性。
胸の中がムズムズして、赤ちゃんみたいに、スマホを抱きしめた。
「清々しい、ね」
「はい」
ほんのりと赤い首先が膨らんで、咲いた。
2本だけの、青薔薇。
青空のように淡い色が気に入り、テーブルの上に飾ると、頬が緩んだ。
【後書き】
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
前回予告しましたが、小説のタイトルを変更しました。
旧:限界アラサーOL、余命3年の女子中学生を拾い、ダメにされる
新:澄み切った青薔薇を、食む ~余命3年の少女と蝕む、二度目のアオハル~
内容が変わることはありません。ただ、タイトル詐欺になっていたので!
もし、この共依存関係に胸が苦しくなりましたら、☆評価や♡応援、レビューなどをして頂けると、励みになります!
カクヨムコンの中間選考を突破するためにも!