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改稿前原稿保管庫 第13話 消した【薔薇食む】

 監禁夏休みがはじまり、1週間が経った。

 私は今、観察されている。
 食べたもの、就寝時間、肌や髪のツヤ、話したこと、トイレの時間と回数、寝姿のスケッチまで、残さず記された。


「よく、続けられるね」
「すごく楽しいです。もう、毎日が発見の連続ですよ」
「私、ずっと変わってないけど」
「ふふふ。恵巳さんは、自身に興味がありませんから」
「……たしかに」


 お漏らしの強要は、初日の1回だけだった。
 満足したのか、後処理が面倒だったのか。どっちにしても、私はありがたい。

 日々の努力もあり、宿題は折り返し地点。
 ナギサちゃんは、3日で片付けた。

 宿題と向き合う間、にこやかな視線を浴び続ける。
 問題を解く速度から、私の学力までも、把握されていく。純粋に恥ずかしい。


「ナギサちゃんの宿題、見せて」
「ダメですよ」
「なんで?」
「恵巳さんの、勉強する姿を見たいんです」


 純粋な欲望をぶつけられると、弱い。

 恥ずかしくて脚を動かすと、引っかかった。
 足首に繋がれた、手錠。私の行動範囲は、一歩分もない。

 でも、物足りない。
 これじゃあ、外に出れないだけ。

 私には、引きこもりの才能がある。
 1週間、外に出なくても、苦にならない。正直、不自由なだけでは、退屈だ。

 でも他に、何をすればいいの?
 考えていると、電話が鳴った。


「誰からですか?」
「……お母さんだ」


 着信音は嫌いだ。
 急かされて、頭が真っ白になる。無視しても罪悪感が残って、苦しい。


『あ、やっと出た。全く、さっさと取りなさいよ。こっちは暇じゃないのよ?』
「うん。ごめん」
『あんた、今年の盆は帰ってくるの?』
「あー」


 忘れてた。


「帰らない、はず」
『そう。ならいいわ』
「怒らないの?」
『意味ないでしょ。あんたは頑固だし』
「そう、かもね」


 お母さんの声は、お酒を飲んだみたいに、ガラガラだ。


『なんだか楽しそうね。男でもできた?』
「そうかな」
『さっさと結婚しなさいよ。あんたみたいな女は、若いうちに、何も知らない男を捕まえないと』


 結婚。聞いただけで、頭皮がかゆくなる。
 一緒に生きるなんて、バカみたい。


「お父さんは、どう?」
『もうほとんど話せないわよ。怒鳴るけどね』


 そっか。
 じゃあ、あんま変わんないや。


「弟は?」
『ずっとお父さんの介護を手伝ってくれてる。あんたの話もしなくなったわよ』
「そう」
『あんた、もっとお姉ちゃんっぽいことしなさいよ』
「もう遅いでしょ」
『……はあ』


 ため息。
 人が発する、一番不快な音。


「私、出来が悪いから」
『そうね。恵巳には色々苦労させられたわぁ』
「……ごめん、なさい」
『まあ、生きてさえくれれば、それでいいわ』


 そう、言うよね。
 お母さんは、立派な大人で、母親で、妻だから。


『じゃあ、しっかり野菜をとりなさいよ』
「お母さん、さようなら」
『はい。またね』


 通話が切れて、長くて弱い息を吐く。心の中が、胸焼けしてる。
 こそばゆさを感じて振り向くと、パッチリしたまつ毛が、目の前で揺れていた。


「恵巳さん、いつもと雰囲気が違いました」
「そう?」
「全然違います」
「怒ってる?」
「えっと……。もう、電話しないで、欲しいです」


 熱っぽい指が、私の手に絡む。
 まるで形のすべてを記憶するみたいに、撫でまわされる。

 ああ。監禁生活で、物足りない要素は、|これ《・・》だ。


「じゃあ」


 なるべく自然に、スマホを手渡して、握らせる。


「私の連絡先、全部消してくれない?」


 私に、逃げ場は、いらない。
 

「いいんですか?」
「うん。ナギサちゃん以外、もういいや」
「……そう、ですね。恵巳さんは、監禁中ですから」
「うん」
「あたしだけに、なっちゃいましょうね」


 なりたいよ。
 私の過去なんて、いらないもん。


「恵巳さん、素敵です」


 当然のように、PINは知られている。 
 連絡帳が表示されると、ナギサちゃんの目が、鋭くなった。


「お母さんは、どんな存在なんですか?」
「肝っ玉って感じ。なんでもはっきり言う人」
「好きなんですか?」
「ただの親。感謝はしてる。もう、私の人生には、いらない」


 真っ白な指で、削除ボタンが押される。
 派手な音はない。
 普遍的なメッセージ表示だけで、お母さんの名前は、消え失せた。


「父親は、どんな人なんですか?」
「怒鳴れば全部うまくいくと思ってる人。お母さんにだけは、甘かったけど」


 削除。
 せいせいする。


「弟さんは?」
「嫌われてる。私の失敗があったから、いい高校にいけてるのに」
「|姉弟《きょうだい》なのに、仲良くないんですか?」
「年が離れているせいで、ケンカもできない。話も合わない。一緒の産道を通っただけの、他人だよ」


 弟の名前が消えても、心に波は立たなかった。

 残りは、細かい連絡先ばかり。

 会社の同僚だった人。
 音信不通の、古い友達。
 アパートの管理会社や、インターネット会社。
 近所の病院。
 私の生活だったもの。くだらない、人生。
 100以上あった連絡先が、無機質に、淡々と、ただの文字らしく、消えていった。


「……あの、恵巳さん」


 ナギサちゃんの息で、スマホの画面が、かすかに曇る。


「なに?」
「写真も、いいですか?」
「……え?」
「あたしとの思い出以外、いらない、ですよね……?」


 口の中で、粘着質なよだれが分泌された。


「よろしく、お願い、します」


 フォトアプリの中身。ほとんどは料理の写真だった。
 たまに、家族の写真が混じっている。
 全部、全部、全部。削除。いらない。消え失せて。もう、いらない。

 
「これで、どう、ですか?」


 スマホを持つと、温もりが宿っていた。


「ナギサちゃんの、スマホは?」
「あたしは最初から、恵巳さんだけ、ですから」


 ナギサちゃんのスマホは、高いハイエンド機種。
 私の安物とは、スペックも容量も、全然違う。
 だけど、活かされていない。

 連絡先は、私だけ。
 写真も、私だけ。
 クラスのグループだけは残っているけど、通知はミュートされていた。

 嬉しい。
 この子は、本気で、私と死にたいんだ。ずっと、最初から。

 ナギサちゃんだけになった、関係性。
 胸の中がムズムズして、赤ちゃんみたいに、スマホを抱きしめた。


「清々しい、ね」
「はい」


 ほんのりと赤い首先が膨らんで、咲いた。
 2本だけの、青薔薇。

 青空のように淡い色が気に入り、テーブルの上に飾ると、頬が緩んだ。



【後書き】
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

前回予告しましたが、小説のタイトルを変更しました。
旧:限界アラサーOL、余命3年の女子中学生を拾い、ダメにされる
新:澄み切った青薔薇を、食む ~余命3年の少女と蝕む、二度目のアオハル~

内容が変わることはありません。ただ、タイトル詐欺になっていたので!

もし、この共依存関係に胸が苦しくなりましたら、☆評価や♡応援、レビューなどをして頂けると、励みになります!
カクヨムコンの中間選考を突破するためにも!

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