いつも「和食で騎士団を虜にした令嬢は、婚約破棄から人生やり直し中です」をお読みいただきありがとうございます。
まずお詫びとお知らせです。
今週の本編更新もお休みさせていただきます。少々お時間をいただきたく、申し訳ありません。
その代わりと言ってはなんですが、以前サポーター限定でお出ししていた「リーナの一日」を大幅に改稿しまして、今回はSS『リーナのある一日』として公開させていただきます。
骨組みは同じですが、中身はずいぶん変わっています。よろしければお付き合いください。
『リーナのある一日』
「お、来たね、リーナちゃん!」
市場に来ると、毎日あちこちから名前を呼ばれる。それがリーナは好きだ。
日本にいた頃は、空いてるからとセルフレジでピッてやって、ささっと帰るのが当たり前だった。
あの頃と比べたら、今はずいぶん賑やかになったと思う。
「今日はいいのが入ったぞー!」
台の上に並んだ魚を見て、リーナは思わず身を乗り出した。
(うわぁ、すごい! これは脂のってそうだわ!)
「これ、いただきます。煮魚にしようかな」
「あいよ! あとで配達しとくな。あ、そうそう、これも持ってきな」
差し出された小さな束に、くんと鼻を寄せる。
(これ、タイムに近いのかな? だったら香草焼きに使えるかも。あ、バターとニンニクと練り合わせて、パンに塗るのもいいかもしれない)
「これ、いいんですか?」
「うちの嫁がリーナちゃんに渡してってさ」
香りを胸いっぱいに吸い込んで、リーナは「ありがとうございます」と笑った。
次に向かったのはベラのところだ。
「あらリーナちゃん、ちょっと待って」
籠の中の野菜を覗き込もうとしたら、上から声が降ってきた。顔を上げると、ベラがじっとこちらを見下ろしている。
「あんた、ちゃんと食べてるの?」
「……えっ?」
「最近ちょっと痩せたんじゃない? お客さんに出すのもいいけどね、自分のお腹も大事にしなきゃダメよ」
(あれっ、痩せた……かな? いや、毎日ちゃんと食べてるんだけどな)
でも言われてみれば、今朝はパンを一切れ齧っただけだった気がする。
「だ、大丈夫です。ちゃんと食べてます」
「嘘おっしゃい」
ぴしゃりと言われて、何も返せなくなった。
ベラは小さく笑って、籠から大きなカブを一つ選び出した。
「これ、おまけ。今日は早めにお店閉めて、自分のために何か作りなさいよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいのよ。あんたがうちの娘だったら、絶対そうさせるもの」
(うっ、その言い方ずるい……!)
カブを押し付けるように渡されて、リーナはぺこりと頭を下げた。手の中のカブが、ずっしりと重い。
「……ありがとうございます」
「いいのよ。ほら、他のお野菜も見ていきな……っと、そうそう」
ベラがにっと片目をつぶる。
「ちゃんと食べてないと、いざってときに踏ん張りきかないわよ?」
葉物と根菜をいくつか選んで、代金を払う。ベラの手が銅貨を受け取るとき、その手のひらの厚みに、なんだか胸の奥がぽかぽかした。
(あったかい人だなぁ、ほんとに)
市場の喧騒の中をもう一度ぐるりと歩いて、エドワードの店先を覗き、目当てのものがないことを確認して「アンナの食卓」へと戻る。
夕方ごろ、扉が勢いよく開く音とともに、にぎやかな声が飛び込んできた。
「リーナ、今日はなに?」
「腹減ったぁ~、なんでもいいから山ほど出してくれー!」
「いらっしゃいませ、今日は煮魚ですよ」
騎士たちがいつものようにカウンターに並んで腰を下ろす。アンナの食卓はたちまち賑やかになった。
(さて、お腹ペコペコ騎士さまたちのお出ましだぞっと。気合い入れていかないとね)
鍋から煮魚をよそって、順に出していく。ほろりと崩れる白身に、三人がさっそくフォークを手に取った。
「あら?」
ふと、アデラインがリーナの顔をのぞき込んできた。
「リーナ、あなた痩せたんじゃない?」
「それ、ベラさんにも言われたんですよ。……そんなに痩せたように見えます?」
「うーん、なんとなくね。ちゃんと食べてる?」
答えに詰まっていると、横からガレスがずいっと身を乗り出してきた。
「リーナはもうちょい太ったほうがいいんじゃねえか?」
「ちょ、ガレスさん!?」
すかさずルークが、焦った顔でガレスの袖を引いた。
「ガレスさん、女の人にそれ言うと嫌われますよ。僕、ローラにうっかり言っちゃって、しばらく口きいてもらえなかったんですから」
「げ、マジか」
「マジです。三日くらい無視されました」
「そりゃお前の言い方が悪かったんだろ」
「ガレスさんよりマシです!」
二人がカウンターの端でわちゃわちゃと言い合いを始める。アデラインが「はいはい、まあまあ」と笑いながら間に入った。
苦笑いしながら、リーナは空いた皿を下げようと手を伸ばした。
「……でも、ほんとに痩せたかもな」
ジュードがいつのまにかフォークを置いて、まっすぐにこちらを見ている。
「体調は? どこか、悪くしたりしてないのか」
(……うっ)
ガレスの軽口は平気で受け流せたのに、ジュードにそう言われると、なぜか言葉に詰まってしまう。
「だ、大丈夫。ちょっと最近忙しかっただけで……ちゃんと、寝てるし、食べてるよ」
「ならいいんだけど」
それだけ言って、ジュードはまた料理に手を付ける。
(……なんなの、もう)
下げた皿を抱えて、リーナは厨房に逃げ込む。
背中の方では、ガレスとルークがまだ言い合いを続けていて、アデラインの笑い声が重なっている。
その騒がしさが、今日はやけに、あたたかく聞こえた。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです。