こんにちは、あるいはこんぱんは。トーキーともうします。そして、カクヨムでの出発を
「立消え備忘録」(https://kakuyomu.jp/works/2912051607629952500)(以下、立消えとします)
で迎えようと、ここしばらくは執筆に専念していました。今朝方の第五話「にんげんさんか」にて、2人の思考や考え方がわかってきたところです。
ここでは少し、自我を出させてください。
恥ずかしながら、一次創作を2万字近く「書けた」のは立消えが初めてでして、他サイトでは良くて一、二話でそのあとは行方しれず…というのが関の山の、文字書きとも言えないただの創作好きでした。手前ながら、他の作品は書きたい、読みたい、と自分で思いきれなかった。字書きのそれには足元にも及ばない、そう自負しています。
でも、彼らー秋瓢と和陽はそうじゃなかった。秋瓢の抱えてきた苦悩、おどけた振りで無視をできたのに、見続けることを選び。それを知っていくたびに自らの感情が欺瞞なんじゃないかと疑い始めていた和陽。信頼が芽生えようとしていることは同じでも、表現の仕方が違うところも含めて…2人が僕に教えてくれたんです。知りたい、読んでみたいと僕は思いました。だから、筆を折らずに済んだんだと思います。気をつけたことなどありません、惹かれてもらう文なんて「僕1人」では書けなかった。
2人が必死に生きようと、前に進みたいと願っていたからだと思います。
前段が長くなってしまったので、少し最新話についての話をさせてください。
まず、タイトルを「にんげんさんか」とひらがなに開いたのは、秋瓢が今の消えたがっていた状態で「人間讃歌」と素直に読めたかわからなかったからです。きっとそれは上辺だけの言葉になってしまう。だから鼠である自分が、「人間さん」に与えてしまう「禍」とも読めてしまうようにしたかった。
作中ではちょうど真ん中で区切っていましたけどね。
クリティカル・シンキングについても、言葉尻だけを取る自分への皮肉として後々響いていました。
丁度和陽が気づいたように「一言一句」を自分に返してしまう性格だから。
和陽は冷めた思考を得つつある。秋瓢への感情が恋ではないこと、秋瓢に考え方が影響しつつあること。でも「。」で終わらようとしたあいつに対し、少しずつでも、「、」を紡ごうとした。そんな熱いやつです。
僕はそんな2人が好き、大好きです。
ネタバレ、解釈の狭めになってしまうので、これ以上は黙っておきます。あとはみなさんの思いの儘に2人を飾ってあげて下さい。
物語はまだ終わりませんが、ノートが変わったので記念に。
ーー立消え備忘録、もう一度。始めます。