「紹介文……ですか?」
隣でマニュアル運転にご執心の女性に、俺は訊いた。
金髪、グラサン、黒スーツ。
真っ赤なルージュでタバコを咥え込んで煙をスパスパふかしているのは、片手ハンドルをこよなく愛する俺の上司——。
最強秘密結社の最強怪人でお馴染み、佐渡島美人(さどじまミヒト)さんだ。
グラサンの隙間から金色の目を覗かせて、美人さんは歯を剥くように獰猛に微笑う。
「ハッ! んなもん俺たちの仕事じゃねー! ……って蹴り潰そうかと思ったんだがよー、総統から直々に頼み込まれちまったからには断りようがねーぜ」
余計な仕事を増やされた腹いせのつもりなのか、美人さんはアクセルを踏み躙る勢いでベタ踏みした。
魔改造された真っ赤なスポーツカーが唸りを上げ、夜の街へと法定速度を置き去りにする。
シートに押し付けられるGを、俺は全身で受け止めた。
「——ってことは、これも任務(ミッション)になるわけですね?」
「いや、給料は出ねーから普通にボランティアだぜ」
「ええ……?」
露骨に嫌そうな顔をした俺に対し、美人さんは、
「ま、世の中ってのは上手くいかねーように見えて上手く回ってるもんだぜ。これも何かの修行だと思ってよー、しっかりきっちり読者の皆々様にご紹介してみやがれ」
上司……兼、師匠らしく、美人さんはいつものように俺に無茶振りをする。
俺は溜息を吐き——諦めて無茶を受け入れることにした。
「分かりましたよ。……それで、何の紹介文を書けば良いんですか?」
俺の返答に、美人さんは心なしか満足げな笑みを浮かべた。
「おー。この『カイジンストラグル』とかいうWEB小説の紹介文を書けってことらしいぜ」
『カイジンストラグル』——。
聞いたことのないWEB小説だった。
美人さんは胸の内ポケットに手を突っ込む。
ご自慢のクソデケー乳を揉む——ようにしか見えないが、ポケットから携帯端末(デバイス)を取り出しただけらしい。
俺の方を見向きもせず、美人さんは携帯端末を雑に放り投げた。
いつものように受け取って、画面に視線を落とす。
手の平サイズの画面には、カクヨムというWEB小説投稿サイト——に、載っているらしい『カイジンストラグル』の、何とも味気ないトップページが表示されていた。
これで中身が分かるかと言われたら甚だ疑問だが……俺は画面からも現実からも目を背けることにした。
「——ところで、紹介しようにも、俺もこの話の内容知らないんですけど?」
「ま、一言で言っちまえば、『怪人が惚れた女のために世界征服目指す話』だな」
「…………?」
俺は首を傾げた。
惚れた女。
世界征服。
——どうにも繋がらない。
「世界征服、ってことは……主人公は、悪のカリスマか何かになりたいんですか?」
「ヒーローになりたいらしいぜ。怪人のバイトだがよー」
「…………。…………?」
俺は益々、首を傾げた。
世界征服を目指す。
ヒーローになりたい。
おまけに怪人のバイト。
——矛盾だらけだ。
「肝心の中身は——。……これ、ジャンルは何なんすかね?」
俺はごりごりと頭を掻いた。
ニチアサみたいなヒーローに憧れた少年がヒーローを目指す古臭い王道もの——と思って読み始めたら少し違った。
ヒロインが登場してからは少し甘酸っぱい青春もの——かと思えば異能バトル要素が前に出る。
殺し合い寸前まで戦った章ボスが仲間になったりするのは、如何にも往年の少年漫画だ。
極め付けに、主人公のバイト先の女上司は皮肉と罵詈雑言とパワハラばかりの歩くモラルハザードで……
「ハッ! どのレーベルから出てもしっくり来ねーし、どのジャンルの本棚に並んでてもしっくり来ねーだろ?」
身も蓋もないことを、美人さんは言ってのけた。
「異世界もの……みたいな分かりやすい世界観でもないですね」
「怪人がいて、ヒーローがいて、治安が終わってる近未来ってとこだな」
「ヒロインは……まぁ、俺は好みっすね」
うなじで束ねた亜麻色の髪。
ピンクブラウンの瞳。
クソデケー胸部装甲。
幼馴染属性持ちで、主人公への感情は激重。
おまけに——
「ハッ! ヒロインに正体バレしたくねー主人公とかよー、まるでどっかの誰かさんにそっくりだな!」
「……そうっすね」
俺は窓を眺めた。
流れ去る夜景の中には、ガラスに映った黒髪の少年の、色の白い困り顔が浮いていた。
こんなの紹介文以前の問題じゃねーか、とでも言いたげな——。
「だから紹介文で取り返してーんだろ」
俺の思考に割り込むように、美人さんはぶっきらぼうに煙と反論を吐き出した。
なるほどな、と俺は肩を竦めてみる。
主流(テンプレ)から外れる書き方を選んだ以上、一人でも読者を増やせるなら、作者もなりふり構っていられない——そういうことなのだろう。
「ま、今日のカチコミが終わるまでによー、読者の心臓握り潰すくらい気合い入れた紹介文の一つや二つ考えとくんだな。期待してるぜ、カイジンくん」
カイジンくん、と不名誉なあだ名で呼ばれ、俺はごりごりと頭を掻く。
「……そうっすね」
そんな気合いがあれば、他のことに使いたいものだが。
例えば幼馴染のこととか——。
俺の思考でも察したのか、美人さんが運転席で暴力的に微笑んだ。
吼えるような排気音と共にアクセルを踏み抜き、俺たちは彼方へと加速する。
理不尽に溢れた、俺たちの世界へと——。
まるで『カイジンストラグル』みたいだな——と、俺は静かに溜息を吐いた。
——————以上、新しい紹介文でした。
紹介文の書き方分かんねーよ。
——というわけで、今まで他の作品を参考にしたり、巷に溢れるテクニックなんかを取り入れたりして、なんとなく紹介文らしいものを上げていたのだが……
これで読者増えるか?
——という根本的な疑問が首をもたげたので、紹介文を大幅に見直すことにした。
そもそも紹介文というものは、作品の長所を読者へアピールする場である……はずよね?
その長所をアピールする場に、果たして何を書けば良いのか?
キャラクターの説明か?
世界観の説明か?
設定の説明か?
テーマの説明か?
主人公の目的の説明か?
……おそらく、どれも正しい。
それを75文字にまとめられるのなら、という条件付きだが。
何故75文字なのかと言えば、一覧画面で表示される文字数であり、「続きを読む」を押してもらわない限り、それ以降の文字は存在しないに等しいからである。
——という話は、カクヨムで書いてる人には常識レベルだろう。
(私は最近知ったのだが、それはここだけの秘密だ)
限られた文字数で情報をまとめて、続きを読んでくれた読者用に詳細を書いて——いたつもりだったが、私は気付いてしまった。
……いや、元から気付いていたが、見て見ぬふりをしていた。
俺の紹介文の説明、つまんねーな——と。
これでは本編の空気感は1ミリも読者に伝わらないな、と。
自由に記入して良い空間なのだから、もっと自分の持ち味が人に見えるようにすべきだな、と。
そういうわけで、キャラクターの掛け合いや本編らしい文体そのものを紹介文に採用することにした。
紹介文の段階からどんな読み味の作品かを見える化した方が、変に説明っぽく作品の情報を垂れ流すよりも、よっぽどユーザーフレンドリーなのではないか?
……私はそう思ったのである。
正解かどうかは分からない。
けれど、こっちの方が自分らしい。
ただし不安はある。
……作中人物に作品を紹介させる構造は、大丈夫なのか?
……分かんねぇな。
酒が飲みたい。