―――宣告する。
汝は不要である、と。
生命は平等ではない。
世界は万能ではない。
故に歴史は常に選別を繰り返してきた。
繁栄の裏で淘汰され、
文明の礎として踏み潰され、
無数の敗者達が塵となって消えてゆく。
それが人理。
それが世界。
それが、
“存続”という名の暴力。
ならば。
その選定を、
たった一人の意思で執行出来るとしたなら。
見よ。
掌中に眠る、
黒鉄の起動鍵を。
鐘楼の鐘にも似た重圧。
棺桶の蓋にも似た静寂。
其は王笏に非ず。
聖剣に非ず。
神造兵装にすら非ず。
ただ、
一つの否定を司るためだけに作られた、
最悪の概念礼装。
押下せよ。
ただ一度、
指先を沈めるだけでいい。
その瞬間。
対象の存在情報は人理基盤より切除される。
肉体は滅びない。
魂も砕けない。
死ですら、
与えられない。
何故なら。
“最初から存在していない”ものに、
終焉という結果は与えられないからだ。
消える。
血族も。
記録も。
記憶も。
因果も。
愛した者の涙すら、
最初から存在しなかった形へ再編される。
理解しているか。
これは虐殺ではない。
虐殺とは、
“存在した者”へ与えられる結末だ。
だがこの装置は違う。
存在の痕跡そのものを、
世界から剥離する。
故に誰も気付かない。
空席にも。
違和感にも。
喪失にも。
世界は完璧に連続し、
矛盾なく回転し続ける。
ただ一人。
押した本人だけを除いて。
何故なら術者だけは知っている。
確かにそこに、
誰かが居たことを。
誰かを笑い、
誰かを愛し、
誰かに憎まれながら、
確かに生きていたものが存在したことを。
それでも、
指は止まらない。
憎悪。
嫌悪。
怒り。
嫉妬。
あるいは、
取るに足らぬ苛立ち一つでさえ。
人は容易く、
他者の存在否定を願ってしまう。
故にこれは、
人類悪。
誰もが胸中に秘める、
“世界から消えてほしい”という願望を、
現実へ変換してしまう禁忌の権能。
その一押しは、存在証明そのものを人理より切除する。
観測・記録・因果の全てから個を抹消する其の名は―――〝独裁スイッチ〟