この作品はかの名作『幼年期の終わり』をオマージュした物になります。というか進化した人類によって地球の支配者が入れ変わる作品なんてそれこそ例が多く、語るまでもないと思います。本作はあらすじと1話のみ書いてあとは簡単なプロットと基となる台詞のみ作成してGeminiに丸投げして添削、遂行したものになります。
昔なら間違いなく放置していた案件ですのでテクノロジーの進歩万々歳ですね(笑)。
実はニシウラとコノエはモデルが存在します。まぁそれが誰かなんて口が避けても言えないんですが実際に筆者が関わりのあった人間です。
特にニシウラは作中とあまり変わらないレベルでとんでもない激ヤバな奴だったので世の中にはこんなアブナイ人達がいるんだなぁ…くらいに捉えていただけるとありがたいです
悪徳教師の兵頭にもモデルが存在します。前職の上司で作中ほど悪辣ではないんですが彼がシュウに言った罵倒の一つは実際に筆者が浴びせられたものです。筆者はこのチ◯ピラバ◯上司と仕事をしたくないので退職したと言っても過言じゃないです(笑)
兵頭はコネと運で成り上がっただけの小物ですが、年功序列が蔓延った日本だとこうした人間は民間公務員問わずどの場所にもいると思います。
彼の言葉の中にも兵頭なりの立場と苦悩が伺えるように工夫しました。
もしかしたらたまたまかなり虫の居所が悪かったため、シュウにあのような事を言ったのかもしれません。
ちなみにシュウは兵頭の件がなければカオリの件を相談していたか、別の教師に助けを求めていたのかもしれませんが、あの時は兵頭の恫喝で大人が動いてくれるわけがないと諦めていました。実際に相談されたらさすがに兵頭も動いたでしょう。
しかし、シュウはまだ12歳の子供です。彼がもう少し大きかったらカオリを襲うニシウラに立ち向かったかもしれません。
兵頭の無神経な行いが二人の人生に大きく影を落とした事には変わりないでしょう。憎まれ役としては最大限機能していたとすれば兵頭のキャラ付けは成功したのかもしれません。
実は筆者案ではカオリと別れた時点でモノローグ的に人類は四類に支配された的な短い分で終わる予定でした。
ですが最後の3話はGeminiの提案でエピローグとして考えたのですが、時間の経過表現とシュウに現実を突きつける役割としてコノエの孫であるサナヱを出しました。
名前の由来はあの人です。コノエの立ち位置はニシウラとは違い共存が可能な四類として書いたつもりですが、やや影が薄いと感じたので孫のサナヱを出しました。
この辺りの文章はサナヱが出て四類をシュウが許せないまま終わる以外の指定はほぼしておらずプロットから文章もほぼGeminiに丸投げしましたが…やはり最終話はけっこう書き直しました。
サナヱがかなり人間に近い容姿なのでもしかたら四類は人類が一時的に適応した進化の一端であり環境が改善され地球が平和になればもしかしたら従来の姿に先祖返りするか…別の姿に進化するかもしれませんね
現実ではコノエが話していた昆虫などと違い人間がたった数世代で進化することはないんですが、地球環境は急激に変化しています。コノエやニシウラ、カオリの息子シンの姿に統一感がないのは破壊された遺伝子が引き起こしたバグなのかもしれませんね
下は最終章に登場したサナヱのデザインです。
もしかしたらこの世界の物語はもう少しだけ続くかもしれません…