以前機会があって雜誌に載ったほうの小林秀雄のドストエフスキーの文学を読んだことがあった。本になったのは絶対に読まなかったと思うから雜誌というのは縁を運んでくれるようだ。
すぐ目についたのが小林の生真面目なほどの文献の読み込みで、よく勉強しているなあととても関心した。多くは翻訳でなく、英米のそのときの有名な批評をよく勉強した後があった。(エリオットのtradition and the individual talent とか、当時よく読まれていたものだ)
川上未映子さんが小林のは批評でなく評論だと言っていたが、日本語では確かにそうだっただろうが小林は間違いなく詩から批評の人間だろうと思う。いわゆる本場本式だ。
それで、たぶん英語もよく出来たほうだと思う。小林は考えて考えた人間だから、言語くらいはお茶の子さいさいだったと思う。当時は東大に上がるようなのは貴族階級みたいなもので星新一さんが言うには試験は問題ではなかったらしい。ようするにそこまで上がるまえに勉強が済んでるやつなんて一握りだから試験の必要がない。家庭教育というやつだ。
受験は精神に良くないことも多く、いまの東大生が英語が出来ないのは単に疲れているだけだと思う。心の余裕がないと第2言語は出来ない。この辺移住したひとなんかはよくわかる話だろう。大学の先生はいわゆるFラン大学のほうが賢いとか、色々ご存知だと思うが肝心の田舎の親御さんまでには届かないからこういうことはいずれなかったことになるのだと思う。
それと逆なのが小林の記憶力というか粘着力である。
おそらく自分がなかったひとなのだろう。どんどんなんでも絡め取り込み自分のものにしてしまう。もちろん剽窃という意味ではない。
とにかくどんどん吸い込んで、なんならそのまま持ったまま、何か付けりゃ、なんか、このくらいになるんじゃねえか
みたいな感じで小林式掃除を始める。
意味不明では全然ないが、このままだと意味不明な小林である。
そういう新しき東洋が小林だったと、とくに年長や同窓にはそうだった。
中原はそういう自分がない小林が心底嫌いだったと思う。