※日々、もうひとりのぼくに会うために、きみに巡り会うために、それともすれ違ったまま待ちぼうけを味わうために、しみじみ孤独を愛し、舞うために。
2831:【だって独裁者だし】
ミカさんが独裁者になってしまったので私は反乱軍を立ちあげた。なにせミカさんはじぶんの意にそぐわない人々を滅ぼそうと躍起になっているのだから誰かが立ちふさがり、それはどうかなぁ、もっとよく考えてみましょうよ、とよくよく吟味する契機を与えねばならない。ミカさんは私の邪魔もなんのその、じぶんと同じような人間ばかりの社会を構築すべく、それ以外の人間たちを淘汰する法案ばかりを成立させ、この国どころか全世界にまでその思想を蔓延させようと、あれほどあたしにはなにもないんだ、からっぽだよぉ、と嘆いていたなけなしの才能をいかんなく発揮している。私からすれば魔王誕生以外の何者でもないのに、ミカさんのお人柄というべきか、支持者が指数関数的に増加しており、反乱軍はいまのところ私一人だ。軍どころか、もはや群ですらない。「世界には生きるべき種とそうでない種がいる。いじめっこはいらないし、他人を傷つける悪党もいらない。世のなかを浄化し、みなでよりよい社会を築いていこう、暮らしやすい生活を我が手で」ミカさんの演説は、彼女を魔王としか見做せない私であっても聞いていると胸が熱くなる。そのじつ、やっていることは迫害に、差別に、虐殺でしかなかった。緩慢に、やんわりと進められるので、ぱっと見ではなかなかよいことをしているように見えてしまう。そこがミカさんの巧妙なところだ。気づいたころには、身の周りから私の友人知人がいなくなり、(つづきはこちら:
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2832:【一匹の虫】
アカウントが消えていて、うまく事態が呑み込めない。そこにあるはずのものが突如として消えてなくなるとひとはなかなかその事実を受け入れられないようだ。目のまえの現実よりもじぶんの認知をまず疑う。思考が混乱する。現実の主要な部位がぽっこりと欠けてしまい、コンピューターのバグみたいにその事実がモザイク然と思考にモヤをかけている。毎日のように眺めていた。楽しみにしていた。目の粗い紙やすりで擦られた心の表面を、そのひとのつぶやきや絵でなだらかにならしてもらっていた。端的に、癒しだったのだ。きょうもまたぞろ荒んだ心に潤いを、と思い開いたら、アカウントが消えていた。該当するページが表示されないどころか、これまでのつぶやきそのものが失われている。そのひとのほかのサイトも覗くと、絵がごっそり消えていた。喪失感、の三文字が、視界を塞ぐ。しばらくそのひとに関連するサイトを検索し、探った。かろうじて過去に載せてあった古い日記を発掘する。そのひとの性別は知らないが、言語感覚が人並み外れており、竹やぶに吹く風のような寂しさと凛々しさが共存していた。海辺のさざ波の騒々しさ、波と風の賑わい、蟹の足音すら聞こえてくるような微細の視点と、大地と空と光しかないようなざっくりとした俯瞰の視点が隣接してすぐそこにあるのが当たり前のものとして、ひとつの枠組みの中に描かれている。文章にしろ絵にしろ、それらの世界観は窺えた。おそらく意図された技巧ではない。日常的に、現実と内なる世界との境目を消失しているがゆえに顕現する世界観、或いは内と外の差に懊悩しているがゆえに表出するそのひとならではの世界への眼差しが、固有の表現として、まるで絵具をはじくクレヨンのように、どの絵や文章にも滲みでている。ひょっとしたらしつこくそのひとの表現に反応してしまったから、うるさくしてしまったから消してしまったのではないか、とじぶんの粘着な性質を呪う。反面、じぶんの干渉ごときがそのひとの世界を揺るがせるとは思えず、そこは我が身の影響力のなさを鑑み、ほかにきっかけがあったのだろう、と思うことにする。好きな表現者にかぎらず、他者へと何かしらの影響を与えられるほどのちからがじぶんにはない。傲慢にはなれない。そこはしかし、ゆいいつ愛でていられるじぶんの欠点かもしれなかった。私は私で音楽をやっている。性別を明かしても意味がないので、(つづきはこちら:
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2833:【裏街道の住人】
なぜみな一様に、たいして痛くないくせして大袈裟に苦悶してみせるのだろう。ナイフで刺したのだから無痛ではないにしろ、脳内物質がバクバク分泌されるので見た目よりも痛くはないはずだ。銃撃されたことのある者なら解かると思うが、ぞんがい、痛みよりも衝撃のほうがさきに伝わる。傷口付近は衝撃により麻痺するので、むしろ包丁で指先を切ったときのほうが遥かに痛い。刺し傷にしても同様だ。しばらく違和感としてしか知覚できない。つよすぎる刺激は、苦痛にしろ快楽にしろ、身体はそこまで律儀に処理してくれやしないのだ。だからきっと、とわたしは思う。こうしてナイフで刺されて大袈裟に呻く者たちは、ドラマや映画などで見聞きした、俳優たちの演技を踏襲して、こういうときはこうした反応をしたほうがよいのだろう、と咄嗟に判断し、というよりも思いだして再演しているにすぎないのではないか。どう反応を示せばいいか分からないから、とりあえず記憶にある最もそれらしい素振りを真似る。証拠に、わたしの同業者であれば、たいがい呻いたりせずに、最後までしたいことをして静かに息を引き取る。しゃべりたい者はしゃべり、抗う者は抗い、煙草を吸う者は煙草を吸う。ときおり同業者でありながら行き過ぎた反応を示す者もいる。たいがいそうした輩は現場仕事から離れ、管理者として業界で幅を利かせている。他人を顎で使うことに慣れてしまうから、死との距離感を忘れてしまうのだろう。そう、死との距離感だ。なぜいまさら死ぬことを怖れるのか。大仰に傷を騒ぎ立てるというのは、(つづきはこちら:
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2834:【何でも切れるなまくら】
万能刃(バンノーバ)に切れないものはない。鉄だろうが豆腐だろうがダイヤモンドだろうが、なんでも切れる。物体であれば、との但し書きがつくが、つまり時空や次元を切る真似はできないのはとくに挟むまでもない注釈に思えるが、切るとは何か、との共通認識をまずはここで揃えておきたい。切るとは、癒着している原子および分子同士を引き離すことである、と。私が万能刃のアイディアを思いついたのは、どこぞの研究機関が原子一個分の厚さの膜を開発したとのニュースを目にした日のことだった。連想の順番としてはこうだ。原子一個分の厚さの膜というのは、極薄の物質だ。薄いものは鋭い。鋭いと言えば刃だ。では、原子一枚分の薄さの刃があったらどうだろう。しかしそれほどの薄さで硬度を保てるだろうか。否、硬い必要はない。物質を構成してる原子と原子、または分子と分子のあいまに割って入れればよいのだ。手を繋いでいる恋人たちのあいだに割って入れば、手を分かつことができる。たとえそれがぺらぺらの薄い紙でも構わない。通りさえすればよい。そしてたいがいの物質は原子の大きさに比べればスカスカだ。細かな原子の塊が部分的にくっつき合っているにすぎない。スポンジのようなものだ。スポンジならばピンと張った糸で切断可能だ。否、ちぎれることのない糸であればどんな物体でも切断できると言ってもよいかもしれない。つまり、強固に結びついた原子の糸さえつむげれば理屈のうえでは、どんな物体でも切断できる道理だ。以上の発想を基に私は研究を重ね、閃きを得てから二十年後に万能刃を開発した。「じゃあ最初は糸だったんですねぇ。原型留めてませんけど」朽宇(くちう)ルサイは唇をすぼめる。彼女は私の助手で、(つづきはこちら:
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2835:【ぴょんまり見にゃいで】
魔法の呪いを解くべく私はミカさんを探す旅にでる。ミカさんはいつの間にか私の与り知らぬところで魔女になっており、私のあたまに獣耳を生やして韜晦した。消えるなら消えるで、耳を元に戻してからにしてほしい。数日前にミカさんと晩ご飯を食べていたら、何かがあって、私は意識を失った。起きたらミカさんの姿がなく、頭にはぴんぴょこお耳が生え揃っていた。私はしばらくそのままで過ごしたが、どこに行っても衆目を集め、帽子が手放せなくなった。帽子は帽子で頭が蒸れるし、人間の耳は耳で私についたままだから、二重に音が聞こえて混乱する。せめて人間の耳のほうを消してほしかった。見た目にもどこか落ち着かない。子どもに人気がでるのはよかったけれど、ほかは軒並み最悪だ。髪の毛を洗うだけでも耳のなかに水が入らないように気を張る。おちおちお湯も被れない。シャワーだってびくびくして浴びることになる。やっぱり元に戻してほしい。私はミカさんを探す旅にでた。三泊四日の旅だ。それくらいしか有給休暇がとれなかった。職場の上司には嫌な顔をされたが、私の頭から生えるかわいいお耳を消すためだ、と説明すると、仕方なしの判を捺してくれたようだ。快く私の仕事を肩代わりしてくれた。そんなことをするよりさきに人員を増やせばいいのに。意見書をついでにだしておく。私はミカさんの足取りを追った。ミカさんは魔女になったのだから、きっと箒を使って空を飛んだり、大きな鍋でドロドロの薬をつくったり、お菓子の家なんかを建てちゃったりしているに決まっている。インターネットで検索すればすぐに見つかるはずだとの私の目論見は見事に外れて、ミカさんの足跡は(つづきはこちら:
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2836:【だって竜だよ】
毎日家と職場を往復するだけの生活だった。服装に指定のない職場だったが、私はパンツスーツを好んで着た。スカートを穿いたのはもうずいぶんむかしのことに思える。服装に割く思考すらもったいなく感じるほど、毎日が仕事に追われ、仕事に終わった。仕事の資料を眺めながら寝付き、その続きを読みはじめようと思い、目覚める。世界中で竜の出現が報告されたのは、私の立ち上げたプロジェクトがようやく始動しはじめる直前のことだった。竜は無数に湧いた。世界中にあっという間に広がり、人々を家のなかに閉じこめた。率先してみな外にでないようになっただけのことではあるのだが、竜は人類から外出の自由をまず奪ったと言って間違いではない。竜は食事をとらなかった。何かしらのエネルギィを外部吸収している節はあるようだ。光合成なのか、はたまたほかのエネルギィ自家発生システムを有するのか、それとも食事をとる間隔が極めて長く、数十年に一度でよいのかは、いまのところはっきりしていない。職場への出勤が禁じられ、私は家での仕事を余儀なくされた。とはいえ、仕事量が減るわけではない。経済を滞らせないように政府は、竜の出現をよこちょにおいて、これまでの日常が崩れないように抗った。とっくにこれまでの日常なんて崩れているのにもかかわらず、だ。私は家でもパンツスーツを着ている。休みの日でも着るようになり、竜の出現以降、私は以前よりも窮屈な生活を送っている。職場の人間たちと幾度か、(つづきはこちら:
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2837:【イジワルになっちゃう】
わたしはよく言葉に詰まる。バイトをしているあいだはとくに顕著で、注文以外の言葉を投げかけられたときに、なんと返せばよいのかが咄嗟に思いつかなくて固まってしまう。適当にあしらっとけばいいんだ、と店長からはぼやき口調で助言をもらうけれど、その適当が分かれば苦労がない。たとえばきょうは、若い大学生くらいの人たちに、おねぇさん可愛いけどこの中だったらどれがタイプ、とその場にいたメンバーを順繰りゆび差され、固まってしまった。愛想笑いだけは崩さずにいる技術を身に着けたけれど、こんなのなんて答えてよいのか分からない。沈黙が正解、なんてとある漫画では難解なクイズの回答としてあったけれど、客商売だから沈黙で済ますわけにもいかないのだ。けっきょく固まってしまったわたしの態度に見兼ねてか、おねぇさん困らすな、と男の子たちの一人が言ってくれたので難を逃れた。でも何度もお酒のお代わりを注文されて、わたしはそのつど席に伺いに行き、いろいろな質問を投げかけられては、愛想笑いで乗り切った。「案外あれが正解かもね」厨房に戻ると、スケさんが言った。彼はカップにお酒をそそぎ、水で薄めている。「ヘンに答えないほうがいい。突っぱねるわけでもなく、(つづきはこちら:
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2838:【バンビ、森を抜ける】
バンビは駆けた。平原の足場は硬く、森のなかと違い障害物もないためにどこまでも跳ねていられる。虫よりも速く、鳥よりも速く、風との差異もつかなくなるほど駆けて、ふと足を止める。振り返ると、視界の端にちいさく森の入口が見えた。その奥にうず高く聳える山がある。見守るモノ、とバンビたちの呼ぶ、母なる山、ラウルだ。ラウルの全貌を初めて目の当たりにし、バンビはじぶんがぐんと大きくなった気がした。開放感に浸る。母や姉たちの言いつけを破って、森をでた甲斐があった。母や姉たちが臆病なのは知っていた。虫が草を揺らす音にすら敏感に耳を動かし、意識を配る。明らかに行き過ぎた警戒だ。そんなに神経を張りつめて生きていては、目に映る楽しいものやうつくしいものを見逃してしまう。森が見えなくなるまで進んだら、踵を返そう。それまではこの視界の遮るもののない広い、広い、大地を、思う存分駆け回る。バンビはぽーんぽーんと跳ねるように走る。それはどこか、ハエトリグモの跳ねる様子を彷彿とする。宙に舞うようでいて、弓が矢を飛ばすのに似た加速がある。点と点を結ぶ線は鋭い。じぶんのなかにチカラが溢れている。それはいまこのときに目覚めたものではなく、ずっとバンビのなかに秘められていたものだった。束縛されていたのだ。自由ではなかった。母と姉をいまは明瞭に疎ましく思った。ふと、辺りが暗くなる。日が雲に隠れた。遠くに見える丘に、(つづきはこちら:
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2839:【アンとミーヤ】
喉がひりひりするほどの大声で歌ってきた。一人でだ。ミーヤは日ごろから何をするにしてもやると決めれば独りきりでもやり遂げる血気盛んにして泰然自若な女子高生だったが、この日は率先して、意識して、誰の邪魔もされずに憂さ晴らしをしたかった。そう、憂さ晴らしだ。ストレス解消と言えばその通りで、日中、学校で友人のアンと言い争いをした。放課後の同好会活動でのことだ。アンはミーヤと同性同年齢の学友で、この学校で知り合った。教室は違ったが、同好会が同じで、ことあるごとに意気投合し、二年目にしてほかの学友たちからは、互いに互いの相棒として認められている。「ミーヤちゃん、ありがとう。これ美味しいね。どこのお菓子?」「駅前のあそこ。アンっちが前に行きたいって言ってたとこ。姉ちゃんが買ってきてくれたからおすそ分け」「やったー」放課後、部室でお茶をしていた。いつものことだ。怪奇現象同好会とは名ばかりで、そのじつはお菓子を食べて雑談を交わしているだけだ。部費で小説や漫画を購入し、それらの感想文を文化祭で発表するくらいで、怪奇現象を探求する素振りは微塵もない。代々そうした同好会だった。だから読み終えた本を置いて、何気なく、話題の一つとしてミーヤは言った。「魔法とか魔術とか、読む分には面白いけど、じっさいそんなこと言いだすひといたらちょっと避けちゃうよね。どう考えても現実にあるわけないしさ。現実に不可思議な現象を見ても、いまどき信じないっしょ」小説や漫画にでてくる登場人物たちは随分あっさり信じちゃうけど。核心を突いて、すこしばかりじぶんを賢く見せたかった欲求がなかったわけではなかったが、これは日ごろから思っていたことでもあるので、(つづきはこちら:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054917891619)
2840:【魔物の触手に囚われて】
市内で連続児童失踪事件が多発しているそうだ。そうだ、なんて他人事のように傍観しているが、僕の学校でもすでに数人の生徒が行方不明になっている。学校からの帰り道に事件や事故に巻きこまれたのではないか、と小学生ですら連想できる閃きをおとなたちが真面目ぶって発表している。みなさんも気を付けてくださいね、と注意を喚起されたところで、どうしようもない。何をどう注意しろというのか。見知らぬひとに付いていくな? そんな事項を守って保たれる安寧なら誰も失踪などしていない。僕はあまり学校の成績はよくはないけれど、それくらいの道理が解るくらいには愚かではない。ただし、愚かな一面も多々あり、総合して愚かなことは認めよう。だからかもしれない。学校帰りに、独りになりたくて立ち寄った森林公園で、同級生がほかの同級生を貪っている姿を目撃した。目撃しておいて、僕はそれを誰にもしゃべらずにこうして数日を過ごしている。愚かではなく、ある一面では愚かだからだ。貪っている相手の顔には見覚えがあった。隣のクラスの飯倉だ。飯倉とは一年のころに同じ委員会になったことがあり、それなりに互いの名前や顔や声を認め合っている仲ではある。ふしぎなのは、あの日以来失踪してしまったのが、その飯倉である点だ。反して、貪られていたはずの芦部が平然と登校している。いや、貪られていたのが真実に芦部なのか自信がない。暗かったし、何せ貪られているほうは腹が引き裂かれ、尋常の様子ではなかった。髪型から推し測るに芦辺に見えただけのことであり、血にまみれたあの死体がいったい誰であったのかを正確に遠目から判別できたとは思えない。そこまでじぶんの視力、(つづきはこちら:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054917970476)
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参照:いくひ誌。【2181~2190】
https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054890657502