※日々、何の流れを強化するかを考える、何の流れが強化されているのかを考える。
2811:【永久に観賞】
幽霊が最後に行き着くところがどこかを知っているだろうか。天国? 地獄? そんな場所があるのかは判らない。なぜなら幽霊はみなある時期を境に、海へと向かい、成仏するからだ。ときおり塩を撒かれて成仏する者もある。スーパーを歩き回って、誤って塩売り場の棚を通り抜けてしまって昇天する者すらいる。つまるところ幽霊は塩に弱い。ゆえに、海水に浸かれば否応なく成仏するはめになる。海で死んだ者が幽霊になれないのはそうした理由によるものなのだろう。幽霊になれずに死ぬのと、幽霊となって現世をさまようのとではどちらがよいのかは案外に悩む。長らく浮遊霊をやってきて思うが、割とみなすぐに成仏したがる。十年も現世に留まらない。幽霊は眠らずに済むので、じっしつ十五年、疲れ知らずな面を考慮に入れても二十年くらいを幽霊でいつづけると、おのずからみな海へと向かう。全身一気に海水に浸かれば、苦しまずに成仏できるからだろう。そう、少量の塩では成仏に至れない。痛みすら覚える。おにぎりを踏んづけるとその塩っ気によって、画びょうを踏みつけた、くらいの痛みが走る。これは実体験だ。私はいま海へと向かっている。成仏するためだ。いったいどれほどの期間を幽霊として生きてきたのか判らない。もはや私にとっての生とは、幽霊でいた期間を示す。それ以前の記憶はいまではだいぶんあやふやだ。肉体がないがゆえに、(つづきはこちら:
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2812:【知らぬ間に糜爛(ヴィラン)】
我ら最強の軍団がいかにして一夜で滅んだのかを記録しておこうと思う。機密文章に値するが、あまりに常軌を逸している内容のため虚構という体で書いておく。我が軍団に名はなかった。仕事の報酬は、仕事完遂にあたって消費した資本の補完とつぎの仕事の斡旋だ。我々は常に戦場を求めていた。否、狩りの場だ。戦いにすらならない。いっぽうてきに武力を働き、圧倒し、掌握する。資本を得るために仕事をするわけではない点では、ビジネスとは言いがたい。行うことの多くも破壊行為であり、何かを生産するわけでもなかった。ゆえに一つの強大な生物のようなものと捉えてもらって構わない。生きるために餌を食べるのか、それとも餌を食べるために生きるのか。二律背反のようでいて、ここには何の矛盾もない。どちらも生の営みであり、仕組みを維持するための活動だからだ。その依頼は、とある政府機関からの依頼だった。表向きは密葬だ。亡くなった者を弔ってほしい、といったカタチで依頼者は仕事の発注するが、故人はその時点ではまだ生きている。戸籍を書き換えられる組織のみができる発注の仕方だ。言い換えれば、殺してほしい相手をそのようにして指定する。どうせ死ぬのだからいまのうちに死亡者として扱っておこう、との効率のよい判断が嚆矢だったと記憶している。死者にならば何をしても構わない。ゆえに我々がすることはやはり死者の弔いにすぎなかった。亡者となってなお今生に彷徨う亡霊の始末である。今回の亡霊は、一人の女だった。彼女が使用していた戸籍は偽名であったので、(つづきはこちら:
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2813:【影師の仕事】
影が成長をはじめるようになったのは幕末のことだと歴史で習った。それ以前は、影は影として肉体の輪郭を素直にかたどっていたそうだ。「でも光の加減によっては伸びたり、縮んだりしたんでしょ。いまと何が違うの?」「同じ角度、同じ光量を当てたときにできる影に変化がないってことだろ。年中いつでも。でもいまは、ほら、育つじゃん。植物みたいに」「いまいち想像つかんわー」弟が板状メディア端末を頭上に掲げ、じゃあさ、と言った。「影師さんってむかしはいなかったんだ」「だろうな」素朴な疑問に、言われてみればたしかに、と思った。小学五年生にしては鋭い。影師。いわば、影の美容師みたいなものだ。庭師のようなもの、といったほうが実情はちかいかもしれない。対象とする相手が人間に限らないからだ。影が成長する。その最大の問題は、放置しておくとそのままどこまでも拡大して、拡張して、地表を闇一色に覆い尽くしてしまうことにある。動物にとってはさして困った事態にはならない。しかし植物や藻類、果てはプランクトンなどの微生物は違う。光合成ができなくなり、絶滅の危機に瀕する。じっさい、史実として、江戸時代に海で魚が獲れなくなった時期がある。漁船の影がいつの間にか海上を覆い尽くし、(つづきはこちら:
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2814:【ふざけんな、愛してる!!!】
「みんなピラミッド型にじぶんの興味対象を捉えているんですよね、好きって感情に優先順位をつけていて。いちばん上が恋愛で、その下におのおの興味対象が広がっていて、食事とか睡眠とかもその層のなかのどこかに位置づけられているけれど、たいがいてっぺんにあるのが恋愛感情になっているんじゃないのかなって。でもぼくは違うみたいで。ピラミッド型ではなく、円形なんです。ぼくが真ん中にいて、それぞれ四方八方に興味対象が、円グラフみたいに伸びています。しかもそれは日によって、時によって変わりますから、みんなみたいには思えません。たぶんこれって、浮気癖のつよいひととか、独裁者みたいな考え方にちかいと思うんですけど、でもぼくはそもそも性欲とか恋愛感情を優先することがありませんし、どんなときもあんまり強く惹かれたりはしませんから、似た精神構造ではあるかもしれないけれど、浮気をしたいとは思いませんし、ほかのひとたちのだいじなものもだいじにしたいと思っています」ダミさんは言った。ゆったりとした口調で、詩を読むみたいで、私は、たったいま現在進行形で振られている最中であるというのに、ダミさんの声にうっとり聞き入ってしまった。「前にも言ったかもしれないけれど、ぼくはサカナさんの小説が好きですし、サカナさんの表現物が好きで、そしてたぶんそれは恋愛感情とは方向性が異なっていて、だからサカナさんのことは嫌いではないですし、これからも仲良くしたいとは思っているのですが、でもたぶん、サカナさんと恋仲になるのとは違う気がします」サカナさんの求めているような関係にはたぶんなれません、とダミさんは言った。目頭が熱くなる。痛いくらいだ。私は視界が滲むのを、へんだな、と何もへんではないのに思った。コーヒーをすする。湯気が鼻の頭を撫でる。窓のそとを通行人が流れていて、世界が違う、とまるでトンチンカンな考えが脳裡を席巻する。「でも誤解してほしくないのですが」ダミさんはこれから私を傷つけないように上手に私への好意を伝え、いままでの関係でいましょう、と私が絶望しないように言葉を投げかけようとしている。私はそんな彼のやさしさを憎く思い、それでもそんなダミさんのやさしいところが好き、と思いもする。「ぼくはサカナさんの表現物が好きで、(つづきはこちら:
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2815:【ぼくの祖母は魔女】
ぼくの祖母は魔女だった。正確には村の人たちから、魔女と呼ばれていた。誤解されそうなので注釈を挿しておくと、祖母は村のひとたちから愛されていたようだし、しあわせな人生を満喫したと孫のぼくですら思うようなステキなひとだった。祖母にはふしぎな能力は何もなかった。ふつうの人間だし、魔法なんて使えない。ひょっとしたら本当は使えたのかもしれないけれど、それは祖母が本当は宇宙人だったかもしれない、と妄想するのと変わらない可能性の話で、祖母には物を宙に浮かせたり、瞬間移動させたり、猫にしたりするような能力は備わっていなかった。すくなくともぼくはそう思ってきたし、当時の村のひとたちだってそう認識していたはずだ。姿形がでは魔女っぽかったのか、と言えばそれはノーで、祖母はすこしばかり人目を惹く愛らしさがあったとはいえ、魔女と呼ばれるような特徴を兼ね備えたりはしていなかった。ではなぜ魔女と呼ばれたのか。祖母の料理がとびきり美味かったからだ。それも、村を一つ丸ごと変えてしまうくらいに。祖母の生きていた時代は電子と気候変動とネットワークの時代だった。誰も神や妖怪を信じていない。そこかしこを機械が走り回り、空すら飛びまわった。山と森に囲まれた田舎にすら電子の網の目は行きわたり、(つづきはこちら:
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2816:【鬼だっちゃ】
鬼が島から桃太郎一行が去ったあとのことである。「おそろしゅう方の怒りを買ってしもうたの」「んだんだ。しばらくは人間っこを食べるのはやめにすっぺ」「あほか。二度と喰らうでね。あの方も言っておったべ、おとなしくしてりゃ見逃してやるって。つぎは本気で滅ぼすぞ、とあれは暗にそう言っておったのだぞ」「んなこと言ったって、食わねばどの道滅びるべ。わてら何さ食えばいいだ」「そだなぁ。人間っこを見習って、んだばいっちょ畑でも耕すか」んだんだそれがええ。鬼たちは鬼が島の岩だけの地盤を、自慢の強力と鋭い爪で以って、掘り返した。岩盤は細かく砕かれ、肥沃な土壌となった。「何さ埋めっぺ」「んだば、あれさどうだ。前に魔女のアネゴがくれたべ」「まんどれいぐ、ちゅうあの不気味なあれか」「味はカボチャに似てたど」「ぬしゃ食ったんか」「チカラがモリモリよう湧くだ、湧きすぎて怖くなってもう食わんくなっただ」「なしてや。よかべ元気でるんであらば」「元気ですぎっと、よう動くべ。したらもっとお腹が減るっちゃ。したらば、もっと食べとうなって、あとはもう底なしだ。そんなのは御免だべ」「したらわしらも同じだべ。やっぱやめとくか」「丸ごと食ったのがいけんかったべ。細かく砕いてほかの料理さ混ぜっぺ」「んだらば種さあるだけ埋めっぺ」んだんだ。鬼たちは島にゆいいつ残された備蓄を土に埋めた。金銀財宝は桃太郎一行に譲った。奪われたわけではない。もちろんそれで見逃してくれと差しだしたわけでもなかった。知らなかったとはいえ、(つづきはこちら:
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2817:【天狗の髪は黄金色】
里の者からは天狗と呼ばれている。おそらく異国の血を引いているのだろう。寺の和尚に育てられたが、齢十を過ぎたあたりで山のなかに小屋を与えられ、そこで暮らすように言い渡された。和尚は足繁く顔をだし、面倒を看てくれたが、本家からやってきた者が新しく住職となると、いつしか慈郎を訪ねる者はいなくなった。慈郎を和尚はジェロと呼んだ。そちらがおまえの真の名だ、といつか言われたが、なぜそのようにまどろっこしい真似をするのかは分からずじまいだ。和尚が住職でなくなったあと、どこに消えたのかも不明だ。よもや死にはしていないだろうと慈郎は考えていたが、やがてひょっとしたらそれもあり得るのかもしれないと諦観の念を胸に秘めた。恩を返すつもりでいた。その機会が永劫訪れぬかもしれない未来は、暗く細々とした道に重なって見えた。じぶんは里の者を怖がらせる。子どもながらに身体はおとなほどに大きく、年々さらに輪郭の幅を増す。髪の色は満月がごとく黄金色をしており、村人のどの色とも異なる。じぶんは異物だ。そうと知っていたゆえ、自給自足が身についた。生き物を殺すのはよくないが、生きるためには仕方がない。だが、食べる以外では、ゆめゆめ命を奪うな。命あるものすべてを尊ぶように暮らすのだ。幼いころから和尚は口を酸っぱくして慈郎に言った。慈郎はそれをゆいいつの教えとして、律儀に守った。山には幸が多くある。一人で生きていくには充分だ。なぜ里の者たちはああして一か所に集まって不便を与え合っているのかとふしぎに思いはしたが、(つづきはこちら:
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2818:【何でも切れるハサミ】
何でも切れるハサミを発明してしまったが、真実、何でも切れるのかにはいささか検証の余地があり、手当たり次第に目につくモノを断ち切っていくと、鉄でも豆腐でも、家でも、海でも、時空でも、まるで漫画のコマを切りぬくように断ち切れてしまって後始末に困り果てた。ぬいぐるみであれば切ったあとで縫い合わせればそれで済むが、海や時空は、切ったあとでの扱いに困った。海は切れてそのまま、まるで水風船に穴を開けてしまったがごとく総じての海水が見る間に抜けていき干上がってしまい、(つづきはこちら:
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2819:【運命の赤い糸はシケったれ】
十五歳になると運命の赤い糸が見えるようになる。わたしたちはそれを義務教育で習うまでもなく、親やきょうだい、家族という身近な社会を通して知ることになるのだけれど、わたしは十五歳をすぎても一向に赤い糸が見えなかった。「そういうコもいるらしいよ」姉はなんでもないような顔で言うけれど、見えないのは同級生のなかでわたしだけだった。ほかの学年にはわたしと同じように赤い糸が発現しなかったひとがいるのかもしれないけれど、運命のひとがいないひと、と見做されることのリスクを想像できなかったおばかちゃんはわたしだけだったようで、わたしは一人、運命のひとを持たぬ孤高を約束された人類として義務教育最後の学校生活を送った。惨めだった。箸が転がっても恋バナで盛りあがる思春期まっただなかの脳内お花畑ちゃんたちのなかに埋もれていながらわたしは、みなの輪のなかには入れないのだ。いいや、仲間外れにはされないが、話に入れない。それはまるで、みなの共通言語をわたしだけが持たなかったような、異国のひとじみた生活だった。高等学校にあがってみても、(つづきはこちら:
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2820:【売れない小説家】
世に売れない小説家は数あれど、ミカさんほど売れない小説家も珍しい。私は彼女ほどに小説を愛し、小説を楽しみ、小説をつくっている小説家を知らなかったので、なぜこれほどまでにミカさんの小説が読まれないのかがふしぎでならない。「売れないのは当然だよ。だって供給過多なんだもの。需要がないのだもの。商品としての価値なんかとっくになくなってんだもの。あたしだけじゃないよ。小説というそれそのものに、そもそも商品価値なんてないのさ。見なよ。文豪の小説なんか全部タダだよ?」夢も希望もなにもない言い方をミカさんはする。そのくせ彼女の小説には夢や希望がこれでもかとてんこ盛りで、小説のなかに置いてきてしまったから現実のあなたはこんなにも擦れてしまっているのですね、と寂しい気持ちになってしまうほどだ。「宣伝すればもうちょっとくらいは読まれるようになるんじゃないですか。なんだったら私の名前を使ってもいいですし。頼まれれば私が宣伝してあげてもよいですよ」私はそこそこ名の通った女優だった。私が口利きすれば、脚本の仕事くらいは紹介できた。が、ミカさんは怒るでもなく、「おもしろくねぇなぁ」画面に目を釘付けのままキィボードを打鍵しつづける。「あたしは小説をつくりたいだけだからなぁ。仕事じゃないんよ。だいたい、小説なんかもっと世に有り触れたものであってほしいと思うくらいでね。小説家、なんてたいそうな名前で呼ばれつづけているようじゃ、まったく以って、小説の可能性を狭めているようなものだよ。誰もが小説家を名乗っていいくらいの時代だよ。まったくもうまったくだよ」「ミカさんの小説はでも(つづきはこちら:
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参照:いくひ誌。【2131~2140】
https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054890363062