## 概要
KMS-04《楔》は、深孔内部の調査、護衛、戦闘を目的として開発された二人乗りの主力機動殻である。
低くまとめられた装甲車体と、先端に二重タイヤを備えた四本の多関節脚を持つ。平坦な場所では八輪で走行し、瓦礫や段差では脚を伸縮させて車体の姿勢を保つ。
狭い坑道、崩落した市街地、不安定な地盤など、通常の車両では進入困難な場所が主な活動領域となる。
《楔》という通称は、狭い亀裂へ機体を押し込み、後続部隊のために進路を切り開く運用から付けられた。
深孔へ入るための機体ではない。
深孔から、生きて帰るための機体である。
## 開発経緯
深孔内部では、通常の装輪車両は瓦礫に阻まれ、履帯車両は急な高低差や崩落した床面への対応に限界があった。
多脚型の無人機も投入されたが、通信障害や観測誤差の発生する環境では、遠隔操作だけに頼ることができない。
そこで開発されたのが、装輪車両の速度と多脚機械の踏破能力を組み合わせた有人機動殻である。
開発時に最も重視されたのは、単純な火力や速度ではなかった。
「通信が途絶えても、乗員の判断で帰還できること」
それが《楔》に課せられた最初の条件だった。
## 車体構造
機体中央には、乗員区画と動力系を守る細長い主車体が置かれている。
その左右を分割式の上面装甲が覆い、損傷した区画だけを取り外して交換できる。大型の整備施設を確保できない深孔内部でも、最低限の設備で修理を続けるための構造である。
装甲表面に並ぶ小さな突起は、固定具、点検口、温度センサー、近接観測器、損傷検知端子など。それぞれが車体の状態を監視している。
ただし、泥や粉塵がたまりやすく、帰還後の清掃には時間がかかる。
整備員からは「敵より先に砂に殺される」と評判である。
## 乗員
基本乗員は二名。
前席に操縦手、後席に観測・火器管制手が座る。
前後配置によって車幅を抑えているが、隣に座る相手の表情は見えない。戦闘中の意思疎通は車内通信に頼ることになる。
通信系が損傷した場合は、座席や床を蹴る回数で最低限の指示を伝える。
一回なら停止。
二回なら後退。
三回なら、確認する余裕もなく逃げろ。
正式な訓練要項には存在しないが、多くの乗員が同じ合図を使っている。
## 多関節脚
四本の脚は、車体の荷重を支える上部リンクと、段差を越えるための下部リンクから構成される。
走行中は脚を低く広げ、重心を地面へ近づける。瓦礫地帯では脚を個別に伸縮させ、車体が地面へ接触するのを防ぐ。
狭い場所では脚を車体側へ寄せられるが、その状態では横方向の安定性が低下する。
関節部は頑丈に作られているものの、細かな石や砂が入り込むと異音が発生する。すぐに故障するわけではないが、乗員はその音を嫌う。
暗い坑道では、自分たちとは別の何かが機体の後ろを歩いているように聞こえるからだ。
## 二重タイヤ
各脚の先端には二本一組のタイヤがあり、合計八輪で車体を支える。
一方のタイヤが破損しても、短距離であれば残った一本で離脱できる。各輪に独立した駆動機構を持ち、左右の回転差を利用した急旋回も可能である。
平地では高い速度を発揮するが、深い泥や鋭利な瓦礫には弱い。
脚を広げれば安定する代わりに、狭い通路を通れない。脚を閉じれば車幅は小さくなるが、横からの衝撃に弱くなる。
操縦手は常に、速度、車幅、安定性のどれを優先するか選ばなければならない。
## 跳躍機構
《楔》は、脚部に内蔵された跳躍機構によって短時間だけ車体を地面から離せる。
密閉された圧力室で燃焼剤を作動させ、その圧力で跳躍用ピストンを押し出す。四本の脚を一斉に伸ばし、段差や亀裂の向こうへ車体を押し上げる仕組みである。
周囲へ高温の噴射炎をまき散らさないため、坑道内でも使用できる。
ただし、空中で自由に進路を変えることはできない。着地点を誤れば、重い車体がそのまま横倒しになる。
燃焼剤の再装填にも時間がかかり、連続使用すれば脚部が過熱する。
そのため跳躍は、通常の移動手段ではなく、退路が断たれたときの切り札として扱われている。
## 中央固定杭
車体中央を前後に走る軸状の装置は、固定杭射出器である。
射撃や重量物の牽引を行う際、杭を地面へ打ち込み、車体全体で反動を受け止める。杭には回収用ワイヤーが接続されており、使用後は機体側へ巻き戻される。
硬い地面には刺さらず、柔らかすぎる地面では杭ごと抜けてしまう。
固定杭だけに頼ることはできないため、射撃時には脚とタイヤも使って車体を支える。
まれに杭を打ち込んだまま緊急発進し、回収ワイヤーを引きちぎる乗員もいる。
整備班にとっては、笑えない事故である。
## 観測装置
機体上部には折畳式のセンサーマストを備える。
可視光、赤外線、測距、地形走査を組み合わせ、暗闇や粉塵の中から進路と目標を探し出す。移動中は装甲内へ格納され、落下物や敵の攻撃から保護される。
展開すれば広範囲を観測できるが、そのぶん敵からも発見されやすくなる。
深孔内部では、センサーが捉えた形と、乗員が肉眼で見た形が一致しないこともある。
装置の故障なのか。
環境そのものに問題があるのか。
現時点では判明していない。
## 20ミリ機関砲
車体右前部には、近距離防御用の20ミリ機関砲を装備する。
小型目標の排除、軽装甲への攻撃、味方歩兵へ接近する敵の阻止などに使用される。
車体の低い位置に装備されているため、射撃時の重心変化は小さい。その一方で射角が限られ、真横や背後の目標には車体ごと向き直る必要がある。
連続射撃を行うと砲身が急速に加熱し、安全限界を超えた場合は機体側が発射を停止する。
この制御を「臆病者」と呼ぶ乗員もいれば、「車内で一番冷静なやつ」と呼ぶ乗員もいる。
## 油圧破砕機
車体左前部には、瓦礫の除去や扉の破壊に使用する油圧破砕機を備える。
本来は進路を確保するための作業装備だが、接近戦では敵を押し返したり、車体を固定したりするためにも使用される。
単純な構造で壊れにくい反面、使用時には機体の左側を対象へ接近させなければならない。
破砕機が届く距離は、相手の攻撃も届く距離である。
## 左右二連装カセット
上面装甲には、左右一基ずつ二連装の誘導弾カセットを搭載する。搭載数は合計四発。
通常時、カセットは上面装甲へ沿うように格納され、走行中の衝突や落下物から射出機構を保護する。格納状態では安全装置が作動し、発射機能は物理的にロックされる。
発射準備に入ると、左右のカセットが斜め上方へ展開する。
同時に《楔》は四脚を広げて車体を低く固定し、発射時の重心変化に備える。射出された誘導弾は機体から十分に離れた後で進路を変え、設定された目標へ向かう。
遮蔽物へ機体を隠したまま攻撃できる一方、展開したカセットは上空から発見されやすい。
天井の低い坑道、崩落の危険がある場所、射出経路上に味方がいる状況では使用できない。
四発搭載していることと、四発すべてを撃つ時間があることは別の話である。
## 冷却器と電池区画
車体後部には、冷却器と交換式電池区画が左右に分けて配置されている。
重量を釣り合わせるための構造だが、片側だけが損傷すると車体の姿勢に偏りが生じる。
冷却器が泥や壁でふさがれると、機関砲、輪内モーター、油圧系の順に出力が制限される。
動力が残っていても、熱によって戦闘を継続できなくなる場合がある。
そのため乗員は、敵だけでなく、壁との距離にも注意しなければならない。
## 主な欠点
《楔》の四脚構造は部品点数が多く、整備に時間がかかる。
タイヤは鋭利な瓦礫や深い泥に弱く、跳躍機構は連続使用できない。固定杭や誘導弾を使用する際には、停止または減速して車体を安定させる必要がある。
そして最大の問題は、二人の乗員の判断が一致しなければ、本来の性能を発揮できないことにある。
前へ進みたい操縦手。
止まって撃ちたい火器管制手。
二人の判断が一秒ずれただけで、《楔》はただの重い鉄塊になる。
## 現場での評価
狭い。
揺れる。
暑い。
整備に時間がかかり、脚から聞こえる異音はなかなか消えない。
それでも、歩兵たちは《楔》が同行する任務を好む。
銃弾を防ぐ装甲があるからだけではない。
瓦礫をどかし、崩れた道を越え、通信が途絶えても、乗員の判断で帰ってくるからだ。
深孔から帰還したある乗員は、《楔》についてこう語っている。
「頼れる機体じゃない。こっちが頼ると、だいたい機嫌を悪くする」
「でも、最後まで一緒に逃げてくれる」
## 作者コメント
設定を書いているうちに、兵器の説明より整備員の愚痴のほうが増えてきました。
たぶん《楔》で一番重要な装備は、操縦席に置かれた非常食です。
なお、最後の一本を誰が食べたのかについては、現在も乗員二名が争っています。
