書く事への情熱がなかなから戻らなくて、何故かなとずっと考えていました。
アイデアは浮かぶのに、アイデアを頭の中で転がすだけで終わってしまう。
文字にする情熱が湧かないのは、日々の忙しさに埋もれてるため?
いや、それだけではなく、今私の中の何かが足りないのです。
かつてはあって、今はない何か…。
そう思うとなんとなく、歳を取っていくうにち、自分自身を守るようになっている事に気付きました。
自分の個性は内に秘めて、なるべくその日1日を平穏に過ごすようになっていて、ワクワクするような冒険も避けるようになってるな…と。
50年も生きていると、確かに様々な事で悩み苦しむ事が沢山ありました。その結果、少しでも衝突を避けたくて、心の平穏が欲しくて、自分を出さないままになんとなく過ごしてしまうようになっていたのかもな…と。
それはそれで良いのかもしれないけれど、本来の自分らしさが失われて、書きたいと思う気持ちも損なわれてしまったのかもしれません。
不器用だから思いを文字に託し、言葉では表現できない私の世界を伝えたい。それが根本にはありますが、それだけではなく、自分自身が私の小説を楽しむ為に書いていたのもあります。
私では経験できない様々な冒険を、私に代わって経験してくれる私の分身みたいな存在として。
私が超えられないものを、彼らは超えてみせてくれる。それが、私の希望でもありました。
当時の私は、文字を書く事が全てでした。
何もできない私に唯一与えられたものが、小説を書く事だったのです。
上手、下手は関係なく、それだけが私ができる事だったから。
でも、歳を重ねて行くうちに変わってきました。
家族や職場や趣味の場で、私は色々な事が出来るようになりました。褒められるようにもなった。
それは良い事なのだけど、気がつくと文字の書き方さえ分からなくなっていました。
書いても書いても、面白いと感じない。これを、読む人は楽しいと感じてくれるだろうか?
自分の書く小説に、自分が求めるものの質が変わってしまったのが、書けなくなった原因なのかもしれません。
ただ書きたかった、書く事が楽しかった。その中に、様々なものが入り込んでしまって、すぐには書けなくなってしまった。
でも、どうしても文字を書く事を手放したくないのです。なので、やはり、気まぐれな更新になってしまうけれど、書き続けていきたいなと思っています。
ああだこうだ考えるのはやめ、ただ書きたいものを書いていこう。
そして、書き続けていきたい。
ただただ、自分のために。
その中で、通りすがりでも、私の小説を読んでくださる方がいましたら、ありがたく思います。
たった一人だったとしても、それは私にとってとても価値のある存在だから。
更新が途切れても、私が生きている限り、書く事が終わる事はないです。
そうありたいと思います。