遅ればせながら皆様あけましておめでとうございます。
元旦は相方さんとちょっと大きめの公園に行ってぼーっとしていた藍埜です。
ぼーっと。
ひたすら、ぼーっとね。
これがいいんですね。
ボール遊びに興じる親子、犬の散歩をしているお姉さん、ひたすらストイックに走り込みをしているお兄さん、池にぷっかりと浮いているだけの鴨さん……。
何気ない、日常の風景が、すごくいい。
いつまででも見ていられる。
思えば、この当たり前の日常が、十代~二十代の私にとっては唾棄すべきものでした。
早くこんな田舎から出ていって、東京で一旗あげるんだ……!
早く自分の才能を世に知らしめるんだ……!
一分でも、一秒でも、早く……!
そんなことばかり考えていました。
ウン十年前にタイムトラベルできたら、本当に滾々と自分に説教したいw
そう、ウン十年前の私は大切なことに気づいていませんでした。
「お前が忌み嫌っているその『平凡な日常』とやらだがな。それはその『日常』を守ってくれている人たちによって成り立っているんだぞ」と。
両親を始め、先生や友人、近所の人々によって当たり前のよう構築されていた「平凡な日常」。
その価値をウン十年前の私は微塵も理解していなかったのです。
本当に愚かなことこの上ない。
その「強固で平凡な日常」の中で育ててもらっていたからこそ、「非凡」を夢見ることができたのだ、と。
そのこと自体を、お前は理解していないのだ、と。
相方さんと平凡な日常を共有できる今、それをしみじみと感じています。
今年もこの平凡に感謝しつつ、自分の出来る範囲で出来ることを、無理せずにやっていきたいと思います。
皆様の一年の上にも、確かな日常と、幸のあらんことを。