新作短編SF落語『孤簿留(こぼる)』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
この作品制作の裏話を「うんちく」としてご紹介します。
■ 『寿限無』× COBOL
本作の骨組みは、古典落語の代名詞『寿限無(じゅげむ)』です。「名前が長すぎて救出が間に合わない」(私が知っているのはこの水に落ちた寿限無を助けに読んだ大人たちが長い名前を連呼しあって、間に合わなくするという、ダークなオチの方ですが、最近は諸方面のいろいろな関係から、コブを作った寿限無の名前を連呼しあううちに、コブが引っ込んでしまったというオチのものが多いらしいですね。)という不条理劇を、現代・未来のエンジニアの絶望に置き換えました。
主役の「COBOL(コボル)」は、半世紀以上前に作られたにもかかわらず今なお世界の勘定系・基幹システムを支え続ける最古の「化石言語」です。
最近、AIで何でもできると勘違いしたアメリカの公的機関がやろうとしてギブアップしているという話から着想を得ました。(後術)
■ マザー起動音のオノマトペ再現
映画『エイリアン』冒頭で、メインコンピューター「マザー」が思考・通信するときに流れるあの独特なサウンド。あれ、幼心に私のSF観に重大な影響を与えた音です。調べると私同様のあの音に脳を焼かれた人は結構多く、「Nostromo Computer Sound」という形で今も語られることの多いものらしいです。
http://www.youtube.com/watch?v=2ywWFvjE-yU
YouTubeで実際の音源を聴き込みながら、何とか読んでいる人が「ああ、あの音か」とならないか、いろいろ作ってみたんですが、どうにもうまくいかず。AIにあの音を擬音にしろと言ったけどやはりパッとしない。
結局、矢印(↑↓)を使えという命令でつくったのがあれ。
・「ピ↑ピ↓ピ↑ピ↓……ジジジ……カチッ、ブー↑ーーーー」
・「ガチャン、ゴトッ……キーーー↑ン↓」
・「カチャカチャ、タタタタ……ピ───↑ーーー↓」
でも、ちがうんだよな。矢印は⤴だったかな。環境依存文字使うのがなんとなく嫌なんだよね。イメージは「アサヒ⤵ スゥ〜パァ⤴ ドラ〜イ⤴」
■ 寿限無のフレーズのオリジナル対比
『寿限無』のリズムや音数を残しつつ、言葉の意味やルビ(当て字)をCOBOL・エンジニアあるあるに置換しました。かなり無理なところもありますが、勢いってことで。
【元ネタ】寿限無 寿限無(じゅげむ じゅげむ)
【本 作】|孤簿留《こぼる》、|孤簿留《こぼる》
(意:永久に終わらないレガシーシステムの呪縛)
【元ネタ】五劫の擦り切れ(ごこうのすりきれ)
【本作】|鍵盤《キーバン》擦り切れ
(意:激しい打鍵でEnterキーや刻印が消えたキーボード)
【元ネタ】海砂利水魚の(かいじゃりすいぎょの)
【本作】|海砂利《メモリ》|枯渇《こかつ》の
(意:溢れ出る絶望のメモリリーク)
【元ネタ】水行末 雲行末 風行末(すいぎょうまつ うんぎょうまつ ふうぎょうまつ)
【本作】|文《ぶん》行末、|雲《クラ》行末、|窓《まど》行末
(意:どこまでも続くコード(文)、クラウド(雲)、Windows(窓)…苦しい)
【元ネタ】食う寝るところに住むところ(くうねるところに すむところ)
【本作】バグ出るところ|居る《すむ》ところ
(意:バグが出るたびに会社に泊まり込む絶望のデスマーチ、あるいはバグが巣食っているプログラム上の場所)
【元ネタ】やぶらこうじのぶらこうじ
【本作】リファクタリングの|バグ工事《ばぐこうじ》
(意:コード整形のはずが新たなバグを生む無理やり改修。ここは原文のこうじがうまくはまった。)
【元ネタ】パイポ パイポ
【本作】パイプ、パイプ
(意:コマンドを繋ぐパイプ「|」の連打。わかりにくいかな~と思いつつパイプは基本なので使わせてもらいました。)
【元ネタ】パイポのシューリンガン
【本作】パイプのチューニン|欄《らん》
(意:調整しても直らない設定項目。前のパイプからつなげるので、パイプ、チューニングが正しいが、まあ早口の勢いということで。チューニンラン)
【元ネタ】シューリンガンのグーリンダイ
【本作】チューニン|欄《らん》のルーチン|大《ダイ》
(意:呼び出し重なる大型ルーチン。同じくチューニンランからつなげて、語感もいいんだが、そろそろ漢字が連なってなんだかわからない感じも。)
【元ネタ】グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの
【本作】ルーチン|大《ダイ》のスパゲッターのスパゲッテー
(意:ぐちゃぐちゃなクソコードを生むスパゲッターの悲哀。というかスパゲッティーはすぐ思いついたのだが、母音を合わせたかったけどうまくいかず、仕方なくスパゲッティープログラムを作る癖のあるプログラマーとしてスパゲッターなる造語をでっちあげる。あるのかな?)
【元ネタ】長久命の長助(ちょうきゅうめいのちょうすけ)
【本作】|長久名《チョーキューメー》の|長助《ちょうすけ》
(意:長すぎるファイル名・ID(長久名)。これはファイル名的な感じだけど、オリジナルの感じを残すため、長助はそのままにしました。助けが長い=ヘルプページが大きすぎてなかなか核心にたどり着かないという意味を微妙に。無理か。)
■ AIによる「自動リファクタリング」のリアルな失敗
「COBOLを最新の生成AIで自動書き換え(近代化)しよう」というのは、昨今のIT業界で実際に試みられては撃沈しているリアルな時事ネタです。
何十年分もの謎の例外処理が複雑すぎてAIすら「解析不能」とパニックを起こし、挙句の果てに「過去の全仕様を丸呑みさせたバカ長ぇIDを作る」という、本末転倒なオチに繋がっていますが、SFというにはちょっと理論背景が弱いなとも。まあそこは勢い。
ちょっと、構成上の穴について自白。
主人公とアンドロイドの関係の描写がいまいち。
アンドロイドに認証権限がないから主人公が言わなくてはならないというのはわかるが、ならなぜアンドロイドを仮修理したのか、認証の詠唱は彼女がやらなくてはならないが、それ以外のサポートはアンドロイドがそれなりに指示を出した、というところを説明がましくすると落語のスマートさがなくなってしまう。
SFと落語ってそういう根幹的なところで無理があるのだろうなとも。
いやいや、SFにもショートショートというカテゴリーが成立している。ここで断念しては星新一先生にもうしわけない。
■ メタ構造:アンドロイド落語家「DANSHIモデル」
本編を語っているのは、ホログラム高座の真打型ラクゴロイド。顔面モニターには、昭和の不世出の天才名人・立川談志をモデルにしたAIが映し出されています。
奔放で繊細な「DANSHIモデル」というのが実在する世界で、江戸弁(誰がわかるんだというところもあり、実際は変質していると思うが)の調子で宇宙船とCOBOLの惨劇を語る。談志師匠ならもっと暴れそうだなと思いつつ、古典のまま終わらない(いや十分に寿限無ではなくなっているが)ところで、ちょっとメタい、シャレにならない現実感に引き戻すというのは師匠がやるんじゃないかなと思って、「高座のモニターのカウントダウン(あと5分で自爆)」で客席をざわめかせるオチをつけ足してみました。
■ AIが作るのはユートピアか?デストピアか?
あと、AIさんに挿絵を描いていただきました。
私の信条として、できるからと言って何でもやらないというのがあります。
精密でカラフルなイラストではなく、文庫本の挿絵風にあえてするというあたりで、自己主張してみました。AIに書かせてほったらかしでなく、AIと綿密に推敲を繰り返して書いていく。そういうモノ作りはありだと思います。
そういう問いかけも含めて書いてみました。
いかがだったでしょうか?