「愛してるゲームをしましょう」
晩飯を食べ終えて。
一緒に食器を洗って。
リビングに戻り一息ついたところでそう言った。
あまりにも唐突だったが、「何かするだろうな」と予想もしていたので、驚きは少なかった。
四月一日。そう、エイプリルフール。
容姿端麗、才色兼備のクール美少女がイベント事に敏感というのは、一般的なイメージとかなり乖離してしまう。
けれど俺にとってはもう慣れたものだ。
……というのを踏まえた上で。
「……なんて?」
予想していたから驚かなかったのではなく、予想外すぎて驚きが訪れるまで時間が掛かってしまった。
「愛してるゲーム、しましょう」
「いや、聞こえなかった訳じゃなくて」
「何かご不満な点でも?」
「不満って言うか……」
隣に座った綾乃は、体を傾けて前傾姿勢を取り、俺の顔を覗き込んでくる。
「勉強はしなくていいのか」
「たまには休憩もいいでしょう」
「あれだったら温かいお茶とか出すぞ? 別にゲームしなくてもいいんだぞ?」
「桐原さんは、したくないのですか?」
「逆に綾乃さんはしたいのですか?」
ぐいぐい詰めてくる綾乃に待ったをかけるべく、質問に質問を返す。
すると綾乃は、まるで時間が止まったようにピタリと停止して。
「…………したい、です……よ?」
俺の質問の意味を、味が感じなくなるまで咀嚼してから答えた。
顔を真っ赤に染め上げながらも、俺から目を離すことはなかった。
「綾乃」
名前を呼びながら綾乃を見つめ返してみる。
負けじと綾乃も目を離さないが、次第に目が泳ぎ始め、肩もプルプルと震え始めた。
いや、最初に提案してきた時から震えていたような気がする。澄んだ綺麗な笑みの裏で、必死に恥ずかしさを堪えていたのかもしれない。
「す、すとっぷです。なぜ睨みっこををしてるんですか」
冷静に分析していると、綾乃の方が先に限界が訪れた。
右手で口許を覆い、目を逸らして俯く。覗く姿勢を止めればいいのに。それをしないのはとても綾乃らしく、可愛らしく、いじらしい。
照れて目をぎゅっと閉じた綾乃のおでこに、人差し指を突き立ててトンと優しく触れる。
「な、なんですか」
「やろうか」
「え?」
「愛してるゲーム、そんなにやりたいならやってあげようかなと」
こんなに分かりやすく自滅されたら、少し虐めたくなってしまった。
綾乃は目を開け、見上げるような視線で睨んできた。いじってやろうとしたのが表情でバレたのかもしれない。
右手で顔を隠しているが、きっと子供みたいに口を尖らせているのだろう。簡単に想像できてしまい、つい笑ってしまう。
綾乃は俺の胸にドンと頭突きしてから、座り直して身体ごと隣を向く。
「なんで頭突きしたの」
「ニヤニヤしててムカムカしたからです。いいでしょう。叩き潰してやります」
「愛してるゲームってそんな暴力的だったっけ」
綾乃らしい攻撃を受けながら、俺も隣を向いて綾乃と向き合う。
「そういえば、なんで愛してるゲームなんだ?」
「エイプリルフールだから嘘で片付けられるかなと思いまして」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
エイプリルフールで嘘をつくのは午前中まで。そんな話をよく聞く。現在時刻は二十二時。夕飯の後なのだから、当然ながら午後であった。
まぁ、綾乃はそこまで細かい事は知らなそうだし、言えば口を利いてくれなくなりそうなので言わないが。
「では、私から行きます」
「ずるくない?」
「桐原さんは余裕そうなので。私の先制攻撃でその余裕を打ち破ってみせます」
「綾乃から「愛してる」って言われて余裕でいられる男は居ないと思うけど」
「そうなのですか」
「……まぁ、少なくとも俺は」
「……そうですか」
小っ恥ずかしいことを言った気がするが、綾乃は何故か嬉しそうに口を緩めているので良しとする。
気まずい空気が流れるのを、綾乃はコホンと一つ咳払いをして切り替える。
俺の目を真剣な眼差しで見つめる。「いきます」という声が聞こえたような気がした。
数秒の沈黙が流れ、意を決した綾乃はゆっくりと口を開く──が、今度はそこで固まってしまった。
そして、段々と茹で上がるように、頬が染まっていった。
愛してると言うことに照れてしまったようだ。
「じゃ、俺の勝ちってことで」
「ま、待ってください。まだ言ってないです」
「別に続けてもいいけど……これ以上は綾乃が傷を抉ることになるぞ?」
「う……そ、それでもです。しようと言ったのは私ですから」
いつになく頑固で、照れていて、そして真剣な様子が微笑ましく思う。
こんなことに、とは思うが、せっかく綾乃が頑張っているので大人しく待ってみる。
口を開いては閉じ、目を閉じては開き、たっぷり一分ほどが経った頃。
「い、いきます……っ」
今度はちゃんと綾乃の声が聞こえた。
俺の目をスッと見つめ、僅かに震えながらもついに大きく口を開いた。
「き、桐原さん……、あ、愛して……いますっ」
滅多に聞くことがない叫ぶような大きな声で、綾乃は苦闘を乗り越えて伝えてきた。
涙目になりながらも、目を閉じないよう必死に俺を見つめてくる。
ゲームとは分かっている。
分かっているが……クラスで一番のクール美少女に告白されてしまって、冷静を貫くことは難しかった。
綾乃の顔も真っ赤に染まるが、負けないくらい俺も頬が熱くなるのを感じていた。
「き、今日のところは引き分けにしてあげます」
「……そうしてくれ」
俺たちは同じタイミングで目線を外して、顔全体を手で覆った。
「……綾乃」
「は、はい」
「これから愛してるゲームは無しにしよう」
「強く同意します……今日は帰りますね」
「……おう」
同じ空間にいることも気まずくなってきた綾乃はそう切り出してきた。
お互い、この空気が耐えられなかった。
「あ、桐原さん」
部屋を出る前。俺が振り返っても見えない場所から綾乃の声が飛んでくる。
「どうした?」
「……エイプリルフール、嘘つけるのって午前中だけ、らしいですよ?」
ギィ……バタン。
それが、玄関が閉まる音だと気づくのにかなり時間がかかった。
綾乃の言葉。
それはつまり、嘘が許されるから愛してるゲームをしたということを否定したわけで。
『き、桐原さん……、あ、愛して……いますっ』
「…………あいつは、ほんとに……」
体操座りをして、胸に抱いたクッションに顔を埋めた。熱が冷めるのを待つばかりであった。
《あとがき》
お久しぶりです!特別番外編、いかがでしたでしょうか?楽しんでいただければ何よりです!
そして、
・クラスのクール美少女が、俺の弁当以外は食べないと宣言した件について
・スキル【迷宮管理者】に目覚めた俺氏、スレ民たちとめちゃくちゃに発展させるw
の2作がカクヨムコン11の読者選考を突破しました!ありがとうございます!
復帰前に嬉しいお知らせが出来たら嬉しいですね…!